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第六章「過去の香り」《18》
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レイさんの目が戸惑ったように俺を見ている。
「でも……レイさんだけは、見ず知らずの俺のところに来てくれた」
そう言って微笑むと、レイさんは驚いたように目を見開いた。
「それから一緒にいるうちに、どんどんレイさんに惹かれた。そりゃ、意地悪なこともたくさんされたけど……。俺のことなんか本当は放っておけたのに、わざわざ面倒みてくれたし」
黙ったままのレイさんの手を握る。繋いだ手は微かに震えていた。
「俺がレイさんを好きな理由……これじゃ足りない?」
真っ直ぐにレイさんの目を見つめる。レイさんは俺の手を振り払うこともなく、何かを考えるようにその手を見下ろした。
灰色に青が溶けたような綺麗な瞳が、不安げに揺れる。
「お前を傷つけて……泣かせるかもしれない」
ボソッと小さな声で、うつむきながらレイさんが言った。
「もう散々泣かされてるけど……」
思わず笑ってそう返す。レイさんは真剣な顔で静かに息を呑み込んでから、言葉を続けた。
「……二度と逃がしてやれない」
「うん」
だから、俺も真剣に返事をする。
「お前が泣いて嫌がっても、他の誰かを好きになっても。……二度と、手放してやれない」
顔を上げたレイさんが、泣きそうな目で俺を見る。
「うん。いいよ」
その顔が切なくて、愛しくて、無意識に口元に笑みが滲む。
まるで何かを怖がっているみたいに、レイさんは俺の顔を見つめたまま動かない。
「……俺はこれから先も、今日みたいにあの男に抱かれる。あの男に抱かれている間、俺は犯した罪から解放されているような気分になる。自分が不幸になるたびに、心が救われる」
レイさんの言葉は、酷く寂しい音をしていた。
「だから……この気持ちを認めるのが、怖い」
そう言った顔は、とても苦しそうだった。レイさんは自分が不幸になることを望んでいる。
不幸でいれば、楽なのかもしれない。
俺が身を引けば、レイさんは今までと同じように暮らしていける。
それでも、もう俺の中で答えは決まっていた。
「……俺のこと好きって言って。レイさんが俺の手を取ってくれるなら、俺、何だってするよ」
俺の言葉にレイさんはバツが悪そうに一度唇を引き結ぶと、やがて覚悟を決めたように小さく息を吐き出した。
「……わかった」
レイさんが弱々しい声でそう言って、俺の手を握り直す。そのまま俺にもたれかかって、レイさんは俺の肩に顔をうずめた。
「お前が好きだ、リト」
ドキッと心臓が跳ねる。
「……一生、俺のそばにいてくれ。お前がいないと……死にそうなんだ」
消え入りそうな掠れた声と肩にかかる重みが、これが夢じゃないと教えてくれる。
「なんかプロポーズみたいだね」
嬉しくて恥ずかしくて、つい茶化してしまった。「……返事は」とレイさんが不貞腐れたように顔を上げたのを見て、笑いながらコツンとおでこを合わせた。
「うん。俺も……レイさんが好き。大好き。俺に、レイさんの残りの人生を全部ください」
お互いにくしゃっと笑って、手を強く握り合った。
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