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第七章「嫉妬の香り」《7》
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「先輩もやっぱりああいう人と、その……寝たいとか思うんですか?」
自分で言ったくせに、聞かなきゃ良かったとすぐに後悔した。もし、これで先輩がうなずいたとして、俺はなんて返すつもりなんだ。
でも、俺の不安をよそに先輩は一瞬キョトンとして、すぐにゲラゲラと笑い始める。
「いやいや、ないわ! そんな恐れ多い!」
先輩はオーバーに顔の前で手を振ったかと思うと、俺の背中をバシバシと叩いてきた。
「ええか、リトぽん。あの人の一晩がいくらすると思ってんの? 俺ら凡人にはまさしく雲の上の存在。手なんか届かへんよ〜! それにああいう美人な人より、俺は可愛い子の方が好きやわ」
先輩は待機室に戻るまでの間、ずっとケラケラ笑い続けていた。それを聞いて安心した自分と、泣きそうになっている自分がいて、何とも言えない気持ちだ。
結局、先輩にレイさんのことを話すこともなく、お客さんが帰っては清掃に行くという流れを繰り返した。
────
時計の針は深夜三時を指していた。
さすがに眠い。閉店まであと二時間だ。
待機室のイスでウトウトと船を漕ぎながら、先輩が買ってくれた甘いコーヒーの缶を握りしめる。部屋の真ん中に置かれたソファで、先輩は背もたれにもたれかかって器用に寝ていた。
しばらくすると、ガチャッと音を立てて、静かだった控え室にオーナーが入ってきた。
その音に先輩と同時に目を覚ましながら、二人して目をこする。
「お疲れさん」
オーナーはそう言うと、不意に俺を手招いた。
「リト、清掃頼めるか」
「ぇ……あ、はい」
わずかに寝ぼけた頭で立ち上がると、先輩もノロノロと身体を起こす。
「いや、リトだけでいい。その部屋が終わったら、今日はもう上がっていいぞ」
オーナーの言葉に先輩と一緒に首を傾げる。
「え、いや、俺も行きますよ?」
先輩が言うも、オーナーは「お前は寝てていい。清掃が入ったら起こしてやる」と先輩をあしらった。
「一人で大丈夫です。今日は色々教えてもらって、ありがとうございました。また、よろしくお願いします」
不思議に思いつつも、先輩にそう言って控え室を出る。一人で清掃カートを押して言われた部屋へと向かった。
誰もいない静かな廊下を歩きながら、ふと怖くなる。
少し前まで、ボーイとしてこの廊下を歩いていた。客室に入れば、俺は知らない男の人と二人っきりで、防音の部屋はどんなに叫んだって誰にも声が届かない。
廊下にあるたくさんの扉の向こうで、何が行われているのかなんて考えたくもなかった。
はぁ……と大きくため息を吐いて、無意識にうつむいていた顔を上げる。暗い気持ちになってても仕方ない。早く終わらせて、レイさんの部屋に帰ろう。
レイさんはもう帰っているだろうか。
気合いを入れて指定された部屋の扉を開けた。
薄暗い室内の電気をつけると、一拍あけてすぐに照明がつく。
「ッ……!」
明るくなった部屋で、ベッドの上に人影が見えてドキッとした。
部屋、間違えた!?
そう思って慌てて外へ出ようとすると、その人影が静かに動きだす。
「ん……。悪い、すぐ出る」
そう言うと、寝ていたのか億劫そうに身体を起こしたその人は、乱れた髪をかき上げ顔をあげた。
「リト……?」
聞き慣れた声に、ピンッと張っていた緊張が一気に緩んだのがわかった。
「……レイさん」
その名前を口にすれば、さっきまでの憂鬱な気持ちが嘘のように晴れていく。
「何でここに……オーナーか」
レイさんは掠れた声で一人納得したように呟くと、ぐったりして「ふぅ……」と息を吐き出した。
「ちょうど良かった。肩貸してくれ、立てないんだ」
言いながら手をのばされ、反射的にレイさんに近づく。当たり前のように服を着ていないレイさんに手を貸して、シャワー室へと連れていった。
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