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第七章「嫉妬の香り」《24》
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─レイside─
リトを抱いた日の朝。
ソファで寝てしまったリトを抱き上げ、寝室へと運ぶ。片付けたベットの上へそっと下ろしていると、鎖骨の下にくっきりと俺の歯の痕が残っていた。
血は止まり、カサブタになり始めている肌を指先で辿れば、リトはくすぐったそうに身じろいでみせる。
起きる様子はなく、健やかな寝息を立て続けるその顔を静かに眺めていると、しばらくして聞き慣れた電子音が聞こえた。
リトの髪を撫でてから、上着を羽織って玄関に向かう。
「あ……」
扉を開けるとインターホンを鳴らした人物と目が合い、相手が小さく声を漏らした。
「……何」
我ながら冷たい声でそう言えば、数日前にリトのことを注意したばかりのユズハルは、バツが悪そうに眉尻を下げた。
「あー……その、謝ろうと思って……」
俺と目を合わせようとしない、いつになく弱気な相手を見下ろす。
「リトなら寝てる」
ドアにもたれながらそう返すと、ユズハルは困ったように頬を掻いた。
「あー……じゃあ、悪かったって伝えといて……」
それだけ言って、ユズハルが俺に背を向ける。
「お前、もう付き合ってるヤツがいるだろ。そろそろ俺のことは忘れたらどうだ」
「ッ……」
俺の言葉にユズハルはビクッと肩を揺らして、再びこちらを振り返った。
「……同じこと、その付き合ってるヤツに言われたから来た」
拗ねたような口調で言いながら、視線を足元に落とす。
『お前があのNo.1の人のことを好きだったのは知ってるわ。でも、今は俺と付き合ってるんやろ! 舐めたマネすんな。自分がリトぽんに何したかわかってんのか? 最低やぞ。……ちゃんと謝ってこい。それまでお前の顔見たくないわ』
何かを思い出すかのように不貞腐れた顔をするユズハルに、ふっと笑いが込み上げる。
「俺と付き合えないなら死ぬって、自殺未遂までしたやつが、よくもまぁ恋人なんて見つけられたな」
馬鹿にしたように笑えば、ユズハルはわかりやすく顔をしかめた。
「あの時は……ごめんなさい。凄いワガママ言った……今思えばレイさんの気持ちも考えずに、本当に最低なことをしたと思う。ごめんなさい……」
そう言ってユズハルは素直に頭を下げる。その姿を見ていたら、いつまでもぎこちない関係のままでいるのが、何だか馬鹿らしくなってきた。
何とも言えない沈黙が流れ、ひんやりとした空気に寒さを感じて身体の前で腕を組む。
「……次来るときは、甘いものでも持ってこい。リトが喜ぶ」
「え……」
そう言うとユズハルは驚いたように目を見開いた。
「き、来ていいの……?」
泣きそうな顔のユズハルに、静かにため息を吐き出す。自分のことながら、いつの間にこんなに他人に甘くなったのかと感心する。
もしかしたら、リトの影響もあるのかもしれない。
「嫌なら彼氏と一緒でもいい。リトは、あの関西弁と仲が良いみたいだし……。アイツに直接謝ってやれ。お前に脅されて怖がってた」
俺の言葉にユズハルは申し訳なさそうに眉尻を下げ「わ、わかった……」と返事をした。
帰っていくユズハルの背中を見送る。最後に一度だけこちらを振り返り、作ったような笑みを浮かべたユズハルは、「レイさんに好きな人が出来て良かった! 僕じゃないのが癪だけど……!」と言うだけ言って走り去って行った。
その後ろ姿に小さく笑みをこぼす。
ユズハルはきっと、死に場所を探してばかりいた俺に同情していたんだろうと思う。今年に入ってすぐの頃、ユズハルに好きだと告白された。
俺がΩを抱くのは嫌いだと言い、付き合うのは無理だと何度断っても、懲りずに毎日部屋にやってきた。
『レイさんと付き合えないなら、僕は生きてる意味が無い』
ある時、そう言って死のうとしたアイツを、俺はセックスで繋ぎとめた。理由がないとΩを抱けない自分を納得させるために、金を払わせ、客として扱った。
『死ななければまた抱いてやる』なんて、わかりやすい嘘を吐いて、酷く優しく犯したのを覚えている。
“最低”なのは、アイツではなく俺の方だ。
Ωであることを理由に突き放しておいて、今はΩであるリトと付き合っている。ユズハルがリトを嫌うのは、間違いなく俺のせいだ。
自分が過去にボーイたちにしてきたことを考えれば、誰かを、ましてΩを好きになるなんてことは有り得ないはずだった。
しかし、リトはその壁をあっさりと飛び越えてきてしまった。
一人、立ち尽くし物思いに耽っていると、冬の冷たい空気に身体が震え始めた。
さっさとベットに戻って寝よう。
そう思い、玄関の扉を閉める。リトが居れば、他に何も要らないとさえ思い始めている自分がいて、虫唾が走った。
──まだリトに、黙っていることがあるというのに。
身勝手な自分に吐き気がした。
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