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ザーッと中の液体が足元の排水溝に吸い込まれてガラスが開く。彼はしゃがんで慎重に水槽から降りた。
水を含んだ身体は、音を鳴らしながら俺の目の前まで近寄ると、ぎゅっと手を握られる。
人間と同じように柔らかくて、冷たい手だった。
「ちょっとーーー!ねえ!水槽開けた!?」
向こうから大声が聞こえる。
ヨリヒトの声を聞いて正気に戻った俺は、血の気が引いていくのを感じた。
やってしまった……。
ヨリヒトは走ってここまでやってくると、ああぁ…。と言葉にならない声を漏らして頭を抱えた。
「アキラ、お前やってくれたな。」
「本当に悪い。つい気になっちゃって……大事なものだったのに本当にすまない。元に戻すのとか、俺に出来ることがあれば手伝わせてくれ……!」
数分前の自分の行動を悔やみながらヨリヒトに頭を下げると、意外な返答に俺は素っ頓狂な声が出た。
「まあいいよ。いつかそいつはここから出そうと思っていたんだ。今日が頃合いだったのかもね。」
そう言って彼の肩を叩くと、不思議そうに彼はヨリヒトを見つめた。
「ここでサプラーイズ!彼をアキラにプレゼントしまーす!」
「え?」
「いやね、ちょうどいいタイミングで開けてくれたからさ。彼、アキラにあげるよ。」
「いやいやいや、………え??」
「どうせアキラ彼女いないんだろ?これからは寂しい思いをしなくてすむぞ。」
表情一つ変えずに話すヨリヒトはどこか嬉しそうな声色を交えて話す。
「さっ、そうと決まれば色々準備しなくちゃね。」
そう言ってヨリヒトは奥へと足を進めた。
ヨリヒトに付いていくと木造の扉が現れる。
彼は黙って扉を開けると中へと案内した。
そこは先程の研究室とはうって変わり、茶色を基調としたカフェの様な落ち着いた空間だった。
俺はやけに高い天井を眺めてから辺りを見渡す。
温もりを感じる造りの中に生活感が感じられず、まるでモデルルームの見学に来ているような感覚を覚えた。
「この部屋はあんまり使ってないのか?」
「客間だからね。ほとんど使ってないかな。」
そう言うと勢いよくソファに腰掛けた。
「さて、彼について話そうかな。」
「まだ引き取るとは言ってないぞ。」
「俺からのプレゼントって言っても?」
「ペットは安易な気持ちで飼うもんじゃないんだよ。」
「ペットとは心外な!彼はね、人間だよ。」
人間。
その言葉を聞いて一瞬鳥肌が立った気がした。
「人を、解剖したのか……。」
「直球な言葉で言うとね。」
自身が聞いたことにも関わらず、それを肯定したヨリヒトがひどく遠い存在に感じた。
「生きたまま?」
「まさか。そんな鬼畜じゃないさ、双方合意の元。
不慮の事故で亡くなってしまった人物の体を借りたのさ。」
俺とヨリヒトはテーブルを挟んで向かい合って座り、あいつは俺の斜め後ろで立っている。
天井がやけに高いが、このビルどんな作りになってるんだ。
きょろきょろと辺りを見渡していると、ヨリヒトが口を開いた。
「あれ、人間なんだ。」
「…はあ?!」
人間?!どういうことだ!?
テーブルから乗り出してそう聞き返すと、ヨリヒコは大きくため息をついた。
「まあ正確には"元"人間かな。永久保存するために少しいじったんだ。」
「なんで、そんなこと….。」
こいつがまさか、人間にまで手を出していることに驚きを隠せず、思わず掌で口元を覆う。
後ろにいる元人間に目をやると、真っ直ぐ前を見つめたままピクリとも動かない。
「理由を聞かせてやる代わりに、一つお願いがある。」
真剣な眼差しで俺を見つめる。
ごくり、と喉を鳴らして次の言葉を待った。
「こいつを引き取ってくれないか。」
「引き取る!?それは……無理だ。」
「えー、だって何でもするって言ったじゃん。」
「いや、何でもするとは言ってな……」
言いかけた途端、ヨリヒトの目の色が変わったのを感じて小さく咳払いをした。
「……修繕費とか、元に戻すの手伝うとかだと思ってたからさ。」
「金なんていいよ。友達からたかるほど困ってないし。
そうだなあ、アキラが、自分で開けたのに、引き取ってもらえないのかあ。困ったなあ。」
俺が開けた事実を強調されて、ぐさりと心が痛む。
まあ、相手がどうであれ開けてしまったのは俺だしな。
完全にヨリヒトのペースに乗せられた俺は、後頭部を掻いてため息をこぼす。
こいつは怒ると面倒なんだよな。
俺の返事を待っている彼は、完全に目が据わっていた。
「仮に引き取ったとして、平日は仕事だから誰もいないぞ。こいつ1人で大丈夫なのか?」
「ああ、それは問題ないよ。彼は高校生と同等の知性を持ってるから。」
高校生と同じ知性か。
ただの人型ロボットか何かだとばかり思っていた俺は、再び彼を見つめた。
長い睫毛を生やした瞼は自然な動きで瞬きをし、首元の皮膚からは血管が透けて見える。生身の人間そのものだ。
とは言っても、急には無理な話だ。
明日も仕事があるし、正直自分の生活で手一杯な状態。「少し時間をくれないか。」とヨリヒトに尋ねると、しばしの沈黙の後、「……ふぅん」と言い鋭い眼差しで目を合わせてきた。
ぴり、と空気が変わるのを感じた。
久しぶりに感じる圧に思わずたじろいだが、10年来の友人となると相手の扱い方はお互いに分かっているみたいだ。
ヨリヒトは「さあ、どうする。」と言わんばかりに前のめりで詰めてくる。どうする。ったって、イエス以外の答えは受け入れないだろ。
「……分かったよ。すぐ引きとりゃいいんだろ。」
はあ、と大きくため息を吐いて項垂れる。
するとヨリヒトは、分かりきった展開だと知っているくせに勢いよく立ち上がって大きく手を叩いた。
「よーし、じゃあ早速アキラの家にお引越ししようか!
さっきも言ったけど、言語も運動能力も問題ないから。
ルームメイトが増えたって感覚でいてくれればいいからさ。」
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