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童貞を探して
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ラブホテルのベッドでぼんやりと天井を眺めていると、ここは前にも来たことがある部屋だと気がついた。間違いない。受付のパネルを見たときは気づかなかったが、ここは先月来た部屋と同じだ。そう確信して、俺は思わず苦笑した。
部屋を選ぶのは相手の男に任せているから俺のせいではないにしろ、少しこの界隈のラブホテルに通いすぎているかもしれない。何はともあれ、気づいたのが事後でよかった。俺は静かに息を吐くと、隣で眠る男を見た。
数時間前に出会った名前も知らない男は、俺との性行為を終えて健康そうな寝息を立てていた。枕元のデジタル時計には二十二時と表示されている。この男が童貞を失ってから三時間が経っていた。
童貞じゃなくなったから、こいつはもう用済みだな。俺はベッドから抜け出すと、床に散らばったタオルを拾ってバスルームへ向かった。
シャワーで男の匂いを落としていると、高ぶっていた気分がだいぶ落ち着いてきた。先ほどの男は俺が達する姿に興奮するタイプだったから、ただたくさん抜いてもらってすっきりしただけかもしれない。まあ、俺にとってはどちらでも構わなかった。
今夜の童貞も俺好みのいい男だった。二十歳で植木職人の見習いだと言っていたが、まだ社会に染まりきっていない素朴さがあった。
そんな純朴な男が欲望のままに俺に触れ、俺を抱きしめ、俺を穿った。何もかもが初めてで、波のように押し寄せる快感に戸惑いながら、男は夢中で俺を抱いた。どうしようどうしようと言いながら最奥を突いてくる力強さは、若い童貞ならではの魅力だった。
シャワーを浴びたまま男との情事を思い出していると、不意にバスルームのドアがノックされた。男が起きてきたのだろう。寝ている間に黙って部屋を出ようと思っていたが、今回はちゃんとさようならを言わなくてはならないようだ。
「入っていいよ」
俺は少しだけドアを開けて、緊張している男を誘った。男はまさか中に入れてくれるとは思っていなかったらしく、真っ赤になりながら、それでもおずおずとバスルームへ入ってきた。
「・・・あの・・・」
「シャワー、気持ちいいよ。一緒に浴びよう? ほら、俺に体くっつけて」
男は戸惑っていたが、ぎゅっと目を瞑ると俺を抱きしめてきた。俺と男の体の間を、シャワーのお湯が流れ落ちていく。
「あの・・・」
「ん?」
「・・・俺、またあなたに会いたいです。今夜だけなんて、寂しいです」
俺を抱きしめたまま、彼は震える声で呟いた。俺は少し困った顔をして、彼の濡れた髪を指で梳いた。
「俺も寂しいよ。でも、大人の事情でね。こればっかりはどうしようもないんだ」
「・・・俺、あなたが好きです。俺、あなたを好きになってしまったんです」
「・・・ごめんね」
「・・・っ。俺、上手じゃなかったですか? 俺、あなたを・・・」
「違うよ、そうじゃないんだ。俺と君は、もう会っちゃいけないんだよ」
男は離れたくないとばかりに強く俺を抱きしめた。さっさと退散する予定だったが仕方ない、彼にはまだ童貞っぽい雰囲気が残っているし、あと一回くらいは抱かれてやるか。俺は男の言葉に優しく相槌を打ちながら、したたかに計算していた。
ただ、それも朝になったら終わりだ。一度ラブホテルから出てしまえば、もう二度と会うこともない。童貞以外に興味をもてない俺にとって、例外は絶対に存在しなかった。
俺は男を見つめながら、それならもう少しだけ一緒にいようか、と囁いた。そして意味ありげに男の背中を撫でると、彼は切なそうに顔を歪め、それでも小さな声ではい、と返事をした。
性格の悪さは生まれつきかもしれないが、童貞に抱かれることが好きな性癖は俺のせいではない。そもそも性格も決して悪くないと思うのだが、今まで出会った男たちのせいでこうなったのだ。
俺は小さい頃から男に好かれるタイプだったらしく、気づけばいつも隣には男がいた。俺自身は至って平凡な男だったが、何故か無性に男に好かれた。
男ばかりに好意を寄せられて、体も狙われたこともあった。俺は自分の生まれ持った性を呪ったが、こればっかりはどうしようもないなと早々に諦めた。
そして、ついに俺の貞操が奪われる事件が起きた。相手は同じマンションに住む同級生だった。名前は神条篤史といい、特に親しかったわけではなく、顔を合わせれば少し話す程度の知り合いだった。
どこにいても目立ち、いつも集団の中心で楽しそうに笑う彼は、俺だけではなくみんなの羨望の的だった。太陽のように笑い、いざというときは頼りになる。そんな彼を誰もが好きになった。
だから、神条に自宅に来ないかと誘われたときは驚いた。他には誰も呼ばず、二人きりになりたいと言われて体が熱くなった。それをきっかけに俺は彼をそういう意味で好きなんだと気づいたが、友達として接しようと決めた。だから余計に、彼に抱かれたことは衝撃だった。
正直言って、性行為自体は至って普通だった。気持ちはよかったし俺も何度か達したが、互いに初めてだったこともあり、快感を貪りあうような濃厚な行為ではなかった。
だが、そのときの彼の狂気じみた愛情は、何よりも俺を興奮させた。ずっと俺だけを想い、慕い、それがやっと成就したと笑った彼の顔は、最高に俺を欲情させた。誰にでも好かれるような健康的な男が、密やかに俺を抱くことを想像していたことにたまらなく興奮した。
彼の俺に対する衝動は、童貞であるがゆえにもっと燃え盛るものとなった。俺に愛を語りながら腰を打ち付ける姿も扇情的ではあったが、もっと直接的な、まるで獣のような言葉の愛撫が俺を快感の海に突き落とした。それは彼の喘ぎだったが、自分をコントロールできなくなるほど快感に溺れた神条の姿が、何より俺を興奮させた。
だが、神条は事が終わると俺に対する興味をなくしたようだった。俺から楔を引き抜いた彼は、もうやることはやったとでもいうように目を逸らして黙り込んだ。
俺は気づいた。神条は俺を抱いて正気に戻ったのだと思った。男にだけモテるというやっかいな体質の俺に惑わされて勢いで抱いてしまったものの、行為が終わったことで冷静になり、元の神条に戻ったんだと思った。
そして勘の鋭い彼は、俺が本気で神条を好きになってしまったことにも気づいたのだろう。彼の中に残ったのは、男を抱いてしまったという後悔と、自分に想いを寄せる男への嫌悪感だった。
しばらく無言が続いた。俺は何も言えなかったし、神条は何も言わなかった。だから俺はもう帰ろうと思った。ティッシュに手を伸ばし、一人で後始末をしてから彼の部屋を出た。最後まで神条が俺を見ることはなかった。それ以降、学校内で会っても互いに避けるようになった。
何もしなくても男が寄ってくるのに、初めて欲しいと思った男はこんなにあっさりと去ってしまうんだな。俺はどこか冷めた感情で自分と神条の結末をみていた。悲しみより諦めの方が強かった。
だが、初めての経験は俺にとんでもない置き土産を残した。その日を境に、俺は童貞にだけ興奮する性癖に目覚めてしまった。何がどうなればこんな性癖になるのか自分でも謎だったが、なってしまったものはしょうがないと受け入れた。
俺は相変わらず男にモテていた。それに拍車をかけたのは、俺が相手によって体を許すようになったことだった。もう神条には抱かれてしまったし、別にいいかと思ったゆえの決断だったが、そのことで余計に多くの男を焚きつけた。
たくさんの男に好きだと告白されたが、俺の心は満たされなかった。ただ、未知の快感に震えながらも溺れていく姿を見せてくれる童貞は違った。童貞に抱かれているときだけ俺は満たされた。童貞特有の俺を求める必死さだけが、俺の心の隙間を埋めてくれた。
「・・・・・・・・・・」
俺はふと、隣で眠る男を見た。先日抱かれた植木職人の見習いとは違い、髪を明るく染めた今どきの男だった。一見遊んでいそうに見えるが、この男には都会に染まりきれていないあどけなさが残っていた。ミッドナイトタウンに憧れて恰好から入ってみたものの、まだ夜の世界には慣れていないのだろう。
童貞は臆病で、かつ奥手である。隣にいる彼もまさにそうだった。自分からがっついてこないのが童貞なので、俺は男の心を折らないようにさりげなくお膳立てをした。やっとのことで彼が挿入しきったときには、童貞なのによくがんばったな、と心の中で拍手した。
男はぎこちない律動を始めると、聞いてもいないのに自分から名乗ってきた。だが俺の名前を聞いてくるような図々しさはなかったので、機嫌をよくした俺は何度か男の名前を呼んでやった。彼はそのたびに興奮して、童貞特有のたどたどしい愛撫で一生懸命俺を抱いた。
男は一度も楔を抜くことなく、夢中で俺の体を貪っていた。やはり体力のある男はいい。俺が恥ずかしがっても、そこは駄目と嫌がっても、何をしても男は興奮していた。そして、硬さを保ったまま何度も俺を穿った。
今夜も最高だった。抜かずの三発を終えてあっという間に眠りについた男を置き、俺は一人でラブホテルから抜け出した。最後まで気分がよかったので、眠る男の頬にキスまで落としてきた。
最近の童貞狩りはなかなか質がいい。俺は自らの幸運に気を良くしながらサラリーマンの姿に戻り、夜の雑踏に体を滑りこませた。
「・・・・・・・・・・」
小さな月を見上げながら、童貞とは何かを問う。それは、俺を求めて必死になりながらも初めての快感に戸惑う、性の世界を知ったばかりの若い男である。またそれは、刹那の輝きをもった愛しい存在である。そしてそれは、俺の大好物である。
夜の街を彷徨う俺は、童貞を捕まえることばかり考えていた。二十三歳のときに初めて童貞をナンパして、もうかれこれ三年が経つ。この三年間で、俺は瞬時に童貞を見分けられるようになっていた。
だが、童貞なら誰でもいいわけではなかった。まだ社会経験の浅い若い男性で、それでいて垢抜けない純朴さを持ち合わせていること。そして、男の世界に入れる素質をもっていること。
容姿は問わなかった。だが、俺が満足するまで性行為に没することができる点を重視すると、必然的に体力のありそうな男を選ぶことになった。
一番重要なのは、俺に対して興味があることだ。だが、これが一番難しそうでいて、実は一番簡単だった。生来男を引き寄せる性質だった俺は成長とともにその傾向が落ち着くかと思っていたのだが、現実は逆だった。二十歳を超えて、俺はさらに男に好かれるようになっていた。
そのため、俺の童貞狩りの成功率は恐ろしく高かった。そしてそれは今夜も同じだった。ふらりと彷徨う俺に、また違う男が声をかけてきた。もう帰ろうと思っていたのだが、男らしい声に惹かれて思わず振り返った。
「これ、落としましたよ」
「・・・ああ、すみません」
ラグビーでもやっていそうな男が、窮屈なスーツに身を包んで俺に万年筆を差し出していた。何だ、ただの親切な男か。俺より少し年上にみえるが、童貞ならば放っておきたくない逸材だったのに。俺は礼を言いながらそれを受け取った。
「傷ついてないですか? 綺麗なペンだからもったいない」
「はい、大丈夫そうです。・・・あれ、あなたも何か落としましたよ」
ひらひらと舞う白い紙を拾うと、それはダイニングバーのメンバーズカードだった。それを見て俺は驚いた。この店はこの界隈では有名なゲイ専用の出会い場で、俺も昔はここで男の品定めをしていた。
俺がじっとカードを見つめていると、男は真っ赤になってそれを奪いとった。俺に自分の性癖を見破られたと思ったのか、男はあきらかに動揺していた。そしてその動揺ぶりからピンときた。この男、童貞だ。
「あ、す、すみません! 申し訳ない!」
「・・・あっ、いえ・・・」
おいおい、最近の俺はツイてるなんてものじゃないな。新しく見つけた好みの童貞に、俺はつい笑いだしそうになった。童貞を狙うと必然的に年上は対象外になっていたが、彼は俺のストライクゾーンだった。俺は狩りのスイッチを入れ、男に負けず真っ赤になった顔で彼を見上げた。自分の顔を火照らせることも俺は得意だった。
「・・・!」
男が俺をみて息を呑んだ。俺が自分と同類だと気づいたことは明白だった。そして、俺が自分を雄として意識していることも、童貞であってもさすが年上、しっかり気づいたようだった。
さて、どうしたもんかな。俺は恥ずかしそうに男から視線を外しながら、今夜はもう疲れてるから、また来週末に持ち越したいな、と考えていた。せっかく体力のありそうな童貞を捕まえたのだから、ねちっこいほど濃厚な長い夜を過ごしたいと思うのは当然だ。
男は、俺に対してどうアプローチすればいいのか悩んでいるようだった。これは童貞である以上は仕方がないので、俺が先導することにした。もっとその気になるような言葉を口にしようとした時、不意に別の男の声がした。
「ちょっとすいません」
心地いい低音を奏でる、こちらも男らしい声だった。まさかまた新しい童貞が引っかかったのか。このところの俺の幸運な巡りあわせを考えると、それもありえるかもしれない。二人ともキープできるかなと考えながら、俺はもう一人の声の主を振り返った。
しかし、声をかけてきた男は童貞ではなかった。そのことを俺は知っていた。俺が童貞を卒業させてやった行きずりの相手ではない。もっとずっと前、まだ俺が男を漁ることすら知らなかった十代に、俺に男の味を教えた男だった。俺が童貞にだけ興奮する体になった、その原因である男がそこにいた。
「・・・え・・・」
日に焼けた肌、逞しい体格、精鍛な顔、自信にあふれた姿。俺が初めて抱かれた男。学生時代の面影を残したまま大人の男となった神条篤史が、堂々と俺の前に立っていた。
「やっぱり。土橋晃一、だよな? 俺のこと覚えてるか?」
「・・・神条・・・」
俺は、あまりの衝撃に言葉を失っていた。突然この男が目の前に現れて、俺はどうしていいのかわからなかった。童貞が次にどうすればいいのか戸惑うのとはわけが違う。俺は本気でどうすればいいのかわからず、呆然と立ち尽くしていた。
「・・・お知り合いの方ですか?」
「・・・あ・・・」
男が遠慮がちに声を挟んできた。彼は俺たちの様子から自分が身を引くべきだと察したらしく、色を含んだ雰囲気を振り払って社会人の顔をしていた。俺が戸惑っていると、神条が代わりに答えた。
「ええ、そうです。悪いけど、あんたには遠慮してもらいたい」
「・・・そうですか。わかりました。・・・では、僕はこれで」
男が去っていく。やはり社会経験があると落ち着いているが、童貞ゆえに引くのも早かった。彼の夜の顔も見てみたかったけれど、もうそんなことを考えている余裕はなかった。
神条がこちらを見ている。いまだに神条と何を話せばいいのかわからない俺は、彼の方を向くことができなかった。けれど、神条はそんな俺の様子が気に入らないようだった。
「・・・なあ、土橋。こっち向けよ」
「・・・ああ」
答えとはうらはらに、俺はそのまま俯いた。忘れたくても忘れられないあの日が甦る。どうして彼は俺に声をかけたんだ。俺たちはもう、とっくに終わっているのに。いや、最初から何も始まってはいなかったのに。
そして、この状況は俺にとって最悪だった。聡い彼のことだ、俺と男のただならぬ雰囲気も察しているに違いない。俺があの男を誘おうとしていたことも、神条は見抜いていたに決まっている。
けれど、それならどうして神条は俺を呼び止めたのか。わざわざあの男から奪うような真似までして、俺に何の用があるのか。そして俺はどうしたらいいのか。答えは何も出なかった。
「土橋・・・」
「・・・・・・・・・・」
「なあ。俺、お前と話がしたいんだけど」
「・・・・・・・・・・」
もう、どうにでもなれ。匙を投げた俺は、二人きりになるならいいところがあると言ってその場所を指した。数時間前まで滞在していたラブホテルの看板が、夜の街を見下ろしながら怪しく光っていた。
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