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Ⅱ
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「おーい、童貞くん。童貞だからって人のセックス覗き見するのは悪趣味じゃん?」
やってきた滝野川は煽るような声で言う。
細身の体にはオーバーサイズな半袖シャツの裾からは、日焼けのしていない細く締まった脚が覗いている。目線を泳がせながら皆森は答えた。
「ち、違いますよっ……俺は、図書委員の仕事をしていただけで……」
「えー、知らんけど。せっかくいいとこだったのに女の子逃げちゃったじゃん、どうしてくれんの」
「知りませんよっ、そもそもこんなところで……その、こういうことするのは……」
皆森が口ごもると、滝野川は嬉しそうに身を乗り出しながら言った。
「なに? セックス?」
「い、言わなくていいですからっ」
「したいの? 興味あるでしょ、童貞くん」
滝野川はニヤつきながら同じくらいの目線の皆森を至近距離で覗き込む。
「その童貞くんっての、いい加減やめてください……俺は皆森……」
「しゅうじだろ?」
そう呼ばれたことに驚いて、皆森は初めて至近距離で見る焦げ茶色の瞳に視線を移した。この学校に来て誰からも、下の名前で呼ばれたことはない。
「……知ってるなら、なおさら変な呼び名で呼ばないでください」
「だってさー、面白いんだもん童貞くんからかうの。だめ?」
ニッと笑うと薄い唇の大きな口から鋭い犬歯が覗く。皆森は再び視線を逸らし、テーブルの上に散乱したものに目をやりながら答えた。
「だ、駄目です……それに、学校にこういうの持ってきたり、よくないですよ」
滝野川は皆森の視線の先を追って正方形が二つ繋がった水色のパッケージを指先につまむと、見せつけるようにひらひらと目の前で揺らした。
「いいじゃん、セーフティーセックス。偉いでしょ?」
コンドームを間近でみるのは初めてで、皆森は頬の奥がカッと熱くなるのを自覚してしまう。動揺を隠すように目線を少し落として言った。
「そ、そういう問題じゃないです。それに、胸ポケットに入れてるタバコ、それもやめたほうがいいです」
「えー、バレた?」
滝野川はとぼけた声を出す。インナーに赤色のTシャツを着てボタンが全開になったYシャツの胸元から、封の開いた黄色い小箱を覗かせた。
「委員会の仕事で職員室に行くと、よくあなたの話題が聞こえてきますよ? 退学寸前だとかなんだとか……」
「うえっ、まじ?」
大げさに声を裏返す滝野川を呆れた顔で見つめながら、皆森はため息をついた。
「本当ですよ。この件だって、俺が先生に報告したら一発アウトだと思います」
「なに、俺を脅すわけ」
おどけた表情をしていた滝野川が、瞬時に眉間にしわをよせて皆森を睨みつける。怯みそうになるも、鋭く光る瞳を見つめながら皆森は静かに言った。
「それだけじゃないです。こないだのテスト、ペンケースにカンニングペーパー仕込ませてましたよね? それと昼休みは毎日屋上に侵入して喫煙してるでしょう? そういうのもバレたらまずいですよね?」
「おいおい童貞くん、やるっていうの?」
滝野川は声を荒げながらテーブルにコンドームの袋を投げつける。触れそうなくらいに皆森の目の前に顔を近づけて、キッチリと結んだネクタイを掴んで引っ張り上げた。
皆森は苦しさに微かに声を上擦らせながら言う。
「……今年で卒業なんですから、こんな学校でもちゃんと卒業したほうがいいですよ」
「はぁ……うるせえな、退学上等だよ」
皆森の言葉に、滝野川は急に気が抜けたように視線を泳がせる。何もかも諦めたような表情に、皆森は思わず食ってかかった。
「だ、駄目ですっ。滝野川くん、秋に消防士の試験を受けるんでしょう? 夢があるなら、なおさら……」
「……おい、さっきからさぁ、俺のこと詳しすぎじゃね? ストーカーかよ」
ストーカー。その単語に皆森は心拍数が一気に上るのを覚えた。血が煮えたぎる衝動に任せて、ネクタイを引っ張る拳を捕らえながら言う。
「ふざけないでください。俺が本気になれば、あなたのことなんていつでも退学にできるんですよ?」
今までどんなにからかわれてもやり合うのが馬鹿馬鹿しくて適当にいなすだけだった。無関心を装っていたが、募る苛立ちは徐々に執着心へと変化していた。
誰もが空気のように扱う自分をどうして執拗に構うのだろう。あるはずもない特別な理由を夢想する度にかき消して過ごしていたはずなのに。
皆森の苛立ちと焦燥を更に焚きつけるように、滝野川は抵抗することもせず声を上げて笑い出した。
「あはははは、ウケる。そんなに俺のこと好きなら口止め料に一発ヤらせてやろーか」
「はあああっ!? ななな何言って……!」
やっぱりヤンキーの気持ちは到底理解できない。触れている手が汗ばんでいくのがわかる。捕らえているのは自分の方なのに、このままでは滝野川のペースに飲み込まれてしまう。
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