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二息歩行(前編)
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夜も更けた午後10時。
ユニークから数駅離れたとあるホテル密集地域――通称、ラブホ街と言われる場所にオレと時雨さんは来ていた。
「やっぱ無理です! 帰りましょう!!」
「時雨さんが行きてぇっていったんじゃねぇかよ!」
「そ、それはそうなんですけど……!」
ネオンライトが煌々と輝いていたホテルの前で、オレと時雨さんは何故か言い争いをしていた。思った以上に声が響くせいか、周りの注目を集めていていたたまれない。
そもそも、こうなったのはオレのせいじゃない。
そんな言い訳を心の中でしつつ、オレは数時間前……ユニークで手伝いをしていた時のことを思い出した。
―――
あの時たしか、オレは倉庫で在庫整理をしていた。
先日の不評BB弾がなんとか片付いたので、色々と戻してほしいと店長に頼まれていたのだ。
『ナイトくん!』
慌ただしい足音と同じくらい盛大な音で扉を開けて飛び込んできたのは、息を切らした時雨さん。強い力で握りしめているのか、スマホを掴んでいる右手がかすかに震えている。
『どうした?』
何か在庫でも足りなかったのか。それとも、変な客がきたのか。
持っていた段ボールを降ろしながら、時雨さんに近づくといきなりスマホを突き付けられた。
『今日、ここへ一緒に行ってくれませんか!』
と、顔を真っ赤にさせながら時雨さんはさらにスマホを近づけてくるので、鼻に画面がつきそうになって慌てて後ろに下がる。
離れたおかげで焦点の合わなかったスマホ画面が鮮明になるが、思わず半目になってしまう。
『時雨さん、ここがどこだか分かってんの?』
画面の中でも目立つのは、ショッキングピンクで『ラブホ、エレメンタリー』の文字。
それと、紫色のライトで照らされたどでかい建物だった。
『ラ、ラブホ……です』
『なにするところかも?』
『そ、その……エッチするところ、ですよね』
既に何度も時雨さんと体を重ねているが、ヤるのはだいたい時雨さんの家か、フィールドの使われていなそうなトイレの個室。こんないかにもそういうことをしますという場所には一度も行ったことがない。そもそも話題にすらなったことがなかった。
『……オレ、時雨さんの部屋で満足してるけど、あんたはそうじゃないの?』
『僕も満足はしてます』
『なら、部屋でいいんじゃねぇ? 時雨さんの好きな銃があるならわかるけど、ここはそういうのなさそうだし』
スマホをスクロールしながらどこかサバゲーに関するものがあるのか探すが、そういう記述はなかった。
何故、彼がこんなことを言い始めたのか分からない。
『そう……ですよね』
だが、勇気を出して言ってくれたのに、それを無下にするのもどうなのだろうか……?
ショックを受けてるのにオレに迷惑をかけないよう、無理に笑う時雨さんの表情を見て、罪悪感が芽生え初めてくる。
『え~、せっかく時雨が一生懸命誘ったのに、ナイト君ってそんなこと言うんだ。幻滅するな~』
人の罪悪感をえぐるような言葉とバカにしたような声音に、青筋が額に浮かんだのが嫌でもわかった。
スマホから視線を外して、声がした方を睨み付ける。
『てめぇには関係ねぇだろ。あとオレの名前呼ぶんじゃねぇ!』
視線の先にはいつの間にか来たのか、時雨さんに覆いかぶさった王子の姿。にやにやとした嫌な笑みのせいで、声が勝手に尖っていく。
『俺の大切な幼馴染が一生懸命出した勇気を踏みにじられそうになってたら、さすがに口も出したくなるよー』
正論に、二の句が続かなくなる。
時雨さんは人ととの距離感がうまくない分、自分から歩み寄ることに極度の恐怖心を覚えることがある。そんな恋人が踏み出してきてくれたのだ。王子の言うことに賛同するのは癪だが、ここは確かに彼の言い分が正しい。
『分かった。行こうぜ。時雨さん』
『うん! 龍平くんもありがとう』
『いえいえ~、行ってくれなきゃ話が始まらないしね』
どこか不穏な一言を残して、王子は去っていった。
そのあと、時雨さんご指名のラブホの前まできたのは良かったが……冒頭に至るということだ。
「入らねぇなら帰るけどいいのか?」
「そ、れは……」
「行きてぇんだろ? 入っちまえばどうってことねぇよ」
時雨さんの頭を撫でてやると彼は微かに頷いた後、ホテルへと一歩一歩踏み出していく。
なんだか、はじめてのおつかいを見守る親の気分になってきた。
「うわ~!」
「思ったよりも広いな」
ロビーを抜け、部屋に入ったオレ達はそれぞれ感銘の声を上げた。
外装とは対照的に、室内はモノクロに整えられているせいか清潔感がある。部屋の大部分を陣取ったキングベッドは、触ってみると思ったよりも上質なシーツがかけられていて、寝心地がよさそうだ。時雨さんが顔を真っ赤にしながら、すすめてきたホテルだけある。
「そういえば、こういうところのテレビってAVがながれてるんだったか?」
試しに電源を入れたら大音量でマニアックな映像が流れてすぐさまテレビを切る。知ってても大画面で女の陰部を見るのは心臓に悪い。
「ナイトくんナイトくん! こっち来てください!!」
隣の部屋から聞こえた明るい声に足を進めると、ジャグジーバスの傍で笑みを浮かべた時雨さんの姿が見えた。手にはふわふわしたものが少しのっている。
「なんだそれ……泡か?」
「このボタンを押したら、蛇口からお湯と一緒に出てきたんです」
バスの縁にしゃがんで覗き込むと、蛇口から湯と一緒に泡が出ており、浴槽の中は泡風呂に変貌しつつあった。
初めての光景に、思わず目を見張る。
「すげぇ……」
「ですよね! 僕、こんなお風呂初めてです!」
子供のようにはしゃいでいる時雨さんの姿はとても微笑ましくて、つられて笑みが浮かぶ。
あんなに嫌がっていたのが、ウソのようだ。
「先に風呂入るか?」
「一緒にお風呂……!」
ぱぁと時雨さんの周りに花が咲き誇った幻影が見えて、目頭を押さえる。
オレの恋人、かわいすぎるだろう。
「そんなかわいい顔すると、風呂の中で色んなことするぞ」
「ダメです!」
思った以上に強い否定がかえってきて、時雨さんに伸ばしていた手が空を切る。
風呂は何度か一緒に入ったことがあるが、厭らしいことをしようとしてもこんな風に拒絶を受けたことはない。
「なんか、あるのか?」
苛立ちのまま、低い声で訊ねそうになる自分を抑え込み、なるだけ優しい声で疑問を口にする。
そもそも、いつも時雨さんの部屋でヤってて本人もそれに満足してるのに、今日に限ってラブホに誘ってくるのはとても怪しい。
それに、いつもは邪魔してくる王子が今回に限って時雨さんの手伝い――つまり援助に回っていた。これはどう考えても、あいつが一枚嚙んでいる可能性が高い。
「もしかして……あの変態王子に何か言われたのか?」
びくっと恋人の方が過剰に跳ね、視線が明後日の方向を向く。
どうやら、ビンゴみたいだ。
「何を言われたんだ?」
「えっと……」
言いよどんでいる時雨さんの返答を待っていると……。
――ドン!
「っ!?」
いきなり時雨さんにタックルをされる。
慌てて腕の中の恋人を受け止めるが、場所が悪かった。
「うお!」
咄嗟にジャグジーバスの縁を掴んだが、支えきれずそのまま泡風呂の中へ二人で飛び込む。
盛大な水しぶきを上げてお湯と泡が跳ね上がり、風呂場は一瞬で水浸しになってしまった。
「いってぇ……」
思いきり打った尻をさすりつつ庇うように抱きしめた時雨さんの様子を見ると、オレの胸に顔をつけたまま何も言わない。
(なんなんだ、いったい……)
今日の時雨さんは奇行に走る日か何かなのだろうか……?
「時雨さん……どうしたんだよ」
「……って」
「あ?」
「こうしたら、逃げられないって……龍平が」
「……オレが何から逃げるんだよ」
「僕からに決まってるだろ?」
そこでやっと違和感に気付く。
今、時雨さんは変態王子を呼び捨てにした。幼馴染なのだから、呼び捨てで呼び合ってもおかしくはないが、素の彼はオレも含めて他人を呼び捨てにすることはしない。
だが、一つだけ例外がある。銃を持っているときだ。
けれど今その条件は満たしていないはず。
顔を上げた時雨さんが笑みを浮かべる。
「龍平がね。たまには僕からナイトに奉仕した方が盛り上がるんじゃないかってアドバイスをくれて。けどほら、素の僕じゃ意志が弱くてできないから」
時雨さんの胸についた、銃の形をしたネックレスが蛍光灯の光りを受けてきらきらと反射している。
確か、ここに来た時は付けていなかった。いつの間につけたのか……。
「あ、これ気になる? 今日龍平がくれたんだ。きちんと弾を入れて撃てるネックレスらしくて、これなら僕の体も『銃』って認識してくれたみたい」
すっと首筋を撫でてくる時雨さんに、オレは身動きがとれない。
「最高の場所も教えてもらったし、今日は思う存分僕が気持ちよくしてあげるね」
怪しく笑う恋人に、オレは引きつった笑みを浮かべながら心の中で変態王子を呪うことしかできないのだった――。
(明日に続く)
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