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出会い
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オレがサバゲーを知ったのは、友人である佐久間孝彦の誘いで「サバゲー体験会」に行ってからだ。
正直、偽物の武器を持って戦争ごっこなんかして楽しいのかと思ってた。けど、いざフィールドに立った瞬間、それは変わった。
手汗握る緊迫感。実際、自分が戦場に立っているリアル。強い敵と戦える高揚。
ケンカでは得られないような体験が、オレを待っていた。
その中でも一番輝いていたのが、死角から次々と敵を撃ち倒す戦姫だった。
凛としているのに、どこか堂々としていて頼りになる存在。
オレが憧れたヒーローがそこにいた。
「あの人みたいになりたい……」
こんなことを思ったのは、死んだ親父以来かもしれない。
だからだろうか。
「戦姫! オレをお前の弟子にしてくれ!!」
気付いたらオレは戦姫に弟子入りを頼んでいた。
自分でもこんなことをしたことがないから、とても驚いた。目の前の戦姫も蒼い目をまん丸くしていたが。
「えっと、僕……弟子とかとってないんだけど」
「そこをなんとか!」
「こ~ら、時雨が困ってるでしょ~」
「うっせぇ、てめぇは黙ってろ」
隣にいた男を睨みつける。
今思えば、あの頃からオレは王子のことは嫌いだったかもしれない。
「金払えばいいのか? それとも何か条件があんのか? それならなんでもする。だから、弟子にしてくれ!!」
「……わかった。そしたら、明日『ユニーク』っていうサバゲーショップに来て」
「うっす!」
その時のオレは、本気で舞い上がっていた。
オレの理想を、ヒーローを間近で見れる。だからこそ、『ユニーク』で再開したときは本気で驚いた。
「すすす、すみません!! 怖くて、断り切れなかったんです!!」
「あ……?」
目の前でオレに土下座をしているのは、ぼさっりとした髪にどこかおどおどとした男。
オレがいつもケンカしてる奴の前を通ったら、確実にカツアゲされるだろうと思ってしまうほど、弱々しいやつだった。
オレが見た戦姫とは180度違う姿。なのに、こいつが戦姫の本当の姿――姫宮時雨という男なんだと言われて騙されたんじゃないかと本気で思ってしまった。
「ぼ、僕が戦姫なんです……」
けど、目の前の男がウソをついているようには見えない。
ガラガラとオレの理想が崩れていった瞬間だった。
(このままじゃ、納得いかねぇ……!)
ショックからか、変な諦めの悪さを見せてしまったオレは、怯えている姫宮時雨の首根っこを掴んで立ち上がらせると、ニヤリと笑った。
半泣きになっているこいつの顔を見れば、オレがどれだけ極悪な笑みを浮かべているのかは一目瞭然だ。
「あんたが戦姫ってことはわかった。なら、約束通りここでオレにサバゲーを教えろ!」
「えっ!」
「返事は、はい以外認めねぇ。分かったか!」
「は、はいぃ!!」
こうしてオレは、強行に近い形で戦姫の弟子になった。
脅しにも近かったから、きっと軽く教えて追い出されるだろう、そう思ってた。
「そ、それじゃあ。基礎からやりますね……。分からないことがあったら遮ってもいいので言ってください」
「あ、あぁ」
予想に反して、姫宮時雨はそれは懇切丁寧に教えてくれた。
何度聞いても、根気よく教えてくれるし、理解できなかったら分かるまで噛み砕いて伝えてくれる。体験会の講師に選ばれているだけある。
オレの想像する以上に姫宮時雨がビビりで、低い声や思わず舌打ちをしてしまうと、脱兎の如く部屋の隅に避難してしまうが。
「ここをこうなのですが……わかりますか?」
「あ?」
「ひっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「……」
その中でも目が合った瞬間の逃げ方が半端なかった。
元々目つきが悪く、睨み付けているように見えると避けられることは多かったが、ここまで飛び上がって逃げた奴はいない。
(目を合わせなきゃいいのか?)
目が合う度に飛び上がるなら、合わせなければいい。
次の日、試しに意識して目を合わさないと、彼は飛び上がらなかった。自分の考えがあっていた安心感と同時に少しの寂しさを感じてしまい、苦笑する。
(あいつの目、綺麗で好きだったからな)
恐怖の色が濃いが、たまにサバゲーに対する情熱の炎を見ることがあるのだ。どこか戦姫を彷彿させる青い炎に、オレは縋る思いで憧れを追い求めていたのかもしれない。
「また、あの人来てるよ……」
「知ってる? 有名な不良らしくて、すぐに殴りかかってくるんだって」
「うわ、こわ。近づかないようにしよ」
店を出る直前、聞こえた陰口に舌打ちをする。
目つきの悪さと口の悪さのせいで、オレはよくケンカを売られ、そのたび買っていた。別にケンカは好きじゃない。断るのが面倒だっただけだ。そのせいか、そこそこ有名な不良になってしまったのだ。
オレが出入りするだけで売り上げに響くと、出禁になった店もある。別に、そうしたいならそうすればいいと思っていたし、むしろあの迷惑そうな視線を浴びるほうが居心地が悪い。
いつもなら何も感じない。だが、今回は脅して姫宮時雨の時間と店の売り上げを奪っている。
罪悪感を覚えないと言ったら、嘘になる。
「よくねぇよな。こんなの」
だけど、自分から諦めきれない。なんでか分からないが、手離したくないのだ。
だからこそ、はやく他の奴らと同じように陰口でもなんでも言ってくれればいい。
(そうしたら、諦められる)
そうすれば元通りの筈なのに。
「なんで、目を合わせないのですか?」
故意的に姫宮時雨と合わさなくなって数日後。なぜかそんな質問を本人からされてしまって呆れてしまった。
「怖いんだろ。オレの目つき」
「確かに怖いですが……目が合わないのは悲しいです」
「……毎回飛び上がられるのも嫌なんだが」
「が、ガマンします……!」
何をどうしてこんなことでガマンをするのか。よくわからず、姫宮時雨を見つめると肩を跳ね上げながらも逃げ出すことはなかった。
なんで恐怖の対象であるはずのオレのために、そんなに頑張るのか。
ずっと感じていた疑問と不満が言葉となって口から零れた。
「なんで来るなって言わねぇの?」
「え?」
「オレの悪評は知ってんだろ」
「知ってますが……でも」
「あぁ……オレが脅したからか。なら、言っていいぜ。あんたに教えることはねぇ。二度とこの店に来るなって」
「……」
(あんたがオレのためなんかに、必死にならなくていいんだよ……)
心の中で呟き。口を閉じる。
オレ、こんなに情けなかったか……?
痛い程の静寂。
破ったのは、いつもより震えていない姫宮時雨の声だった。
「君はサバゲーをしたいんでしょ?」
「あぁ……」
「なら、悪評なんて関係ないです」
「てめぇ、バカか!?」
思わず大きな声が出て、姫宮時雨が飛び上がった。逃げようとした胸倉をつかんで阻止する。
「オレみたいなやつがやってるなんて言ったら、オレに恨みを持ったやつや、柄の悪い奴らも来るかもしんねぇ。あんた、そんなビクビクしてるんだから、アイツらにとっては格好の餌だ! 嫌がらせや、酷いことをされるかもしんねぇんだぞ!!」
それ以上も思い当たってしまい、血の気が引いていくのを感じた。知らず知らずのうちに、手に込める力が強くなる。
「言えよ、もう来るなって。言ってくれよ……!!」
不意に姫宮時雨と目が合う。瞳の中のオレは、泣きそうな表情をしてて……目を見開いた。
気づいてしまった。
オレにとって姫宮時雨にサバゲーを習う時間が大切なひと時になっていると。迷惑をかけてでも、失いたくないものになっていたと。
自覚した途端、熱いものが込み上げてきて下を向く。
そんなオレの頭に温かいものがのり、優しい声が鼓膜を震わした。
「本当の悪い人は、そんな心配しませんし、怖がってるからって敢えて目を逸らすようなことはしません」
「うるせぇ! オレは悪いやつなんだよ! 現にお前をこうやって脅してーー」
「なら、知ってますか? たまに君はどこか辛そうな……罪悪感を抱えた表情で僕ことを見てるのを」
「っ!?」
「脅すように僕へ教えを乞いてしまったことを後悔してるんだって、すぐわかりました。それでも必死に、僕の教えたことを覚えようってしてくれた」
「ちがっ、オレは……!」
「ナイトくんは優しいです」
「っ!」
「とっても優しくて、人の痛みもきちんと分かる。まさに君の名の通り騎士のような人です」
手から勝手に力が抜けた。
頼もしくてかっこいい、騎士のようになりますように。
オレの名前はそんな由来で付けられたとおふくろから聞いた。
けど、実際のオレは不良で目つきが悪くて、人を怖がらせてばっかり。騎士とは程遠い、どちらかというと悪者だ。
自分が程遠い存在過ぎるのが悔しくて、名前を呼ばれるのを拒んできた。
なのに、彼から聞こえてきた自分の名は……優しくて心地よい。
「……買い被り過ぎだ」
「数週間とはいえ、弟子として教えてましたので……間違えないです」
僕、人を見る目は確かなんですよ。怯えながらも笑顔を浮かべる彼につられてオレも口角を上げる。
久々の笑った顔はずいぶんとぎごちなくなってしまった。
「なので、明日からもきちんと来てくださいね。ナイトくんにはまだ教えてないことが沢山あるんですから」
「……分かった。けど、その代わり店の手伝いをさせてくれ」
「え?」
「タダで教えてもらうのは……居心地悪ぃ」
目を逸らしながらボソッと呟く。
頬に熱が集まっているように感じるのは気のせいだ。
「分かりました。店長に相談してみます」
「あと、こんなオレにサバゲー教えてくれてありがとう……時雨さん」
時雨さんの瞳に再びオレが見える。
情熱の輝きの中に写ったオレは、自分でも驚く程に幸せそうな顔をしていた。
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