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マスターは、俺があれんの隣に座ると
それまでクロスで丁寧に吹いていたワイングラスを残してどこかへ行ってしまった。
俺の前を横切る瞬間、ほんの一瞬
背筋が凍るような冷たい視線を向けられた気がしたのは
──きっと勘違いなんかじゃないだろう。
勿論酒を飲むはずも無い俺は、烏龍茶を出してもらい
隣でオレンジ色の可愛らしいカクテルに唇を寄せるあれんに問いかけた。
「あのさ、マスターと話してんの邪魔してよかったの?」
「へ?な…何の事ですか。」
明らかに動揺しているあれんに
また喉の奥深くが軋む。
息苦しいな。
この感じ、久しぶりだ。
「付き合ってる?」
「っ、は?!」
ぼんっと顔に熱を溜めるそれも
すべてマスターに向けられたものだ。
俺へのもんじゃない。
わかってるけど
…もっと見ていたいとも思うんだ。
「…違うの?」
マスターに作ってもらったカクテルを
大切そうに両手で抱えて
睫毛を伏せ、俯いたあれんが水面に映し出される。
その瞳が涙を含んでいるように見えたのは気のせいだと思いたい。
憂いを帯びて、諦めきっている横顔も
気のせいだと思いたいのに。
一番重なって欲しくない人と、また──。
「…付き合ってるわけ、ないじゃないですか。
僕はこれで幸せだからいいんです。」
「……そ、か。」
マスターは、カウンターの反対側に座る女性と親しそうに話しては、柔らかく笑って。
女性もまた、マスターにつられて微笑む。
グラスの置かれている向こう側で繋がれる2人の手が、あれんの目に映らないように身を乗り出した。
気持ちだけでも伝えた方が…
言いかけて唇を噛んだ。
どうしてあれんが苦しまなきゃいけないんだ
もっと楽に生きたらいいだろ。
考えて、言いとどまった。
あれんは、これで幸せだと言ったんだ。
それなら俺が口を挟む理由なんてないんじゃないか。
いや、違う。
そうじゃない。
それじゃ昔の二の舞だろうが。
“好きな人”が苦しむ姿を黙ってみているだけの
もうあの頃の俺じゃない。
「…辛くなったら、いつでも俺呼べよ。
あれんが笑顔になるために俺を使って。」
一つ、二つとグラスの中に滴が落ちて
静止していた水面にいくつもの円が描かれる。
コクコクと何度も頷く小さな頭を撫でながら
身体は動かさず、視線だけを反対側に向けると
──予想通り、交わった。
カウンター越しで、女性に笑いかけるマスターの
視線だけが俺を鋭く貫いている。
そのちぐはぐな表情に耐えられず
咄嗟に目を逸らした。
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