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一章一話 拉致
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町に五時を告げる音楽が流れた。
寂寥感を感じる。早く家に帰りたくなるような、そんな優しい曲。太陽は街の端に沈み、煌々とオレンジ色に輝いている。
公園で遊んでいた小学生達もそろそろ帰ろうかと、何グループかの子供達が帰っていき、十才の少年が二人残った。
一人の少年は、真剣な顔をしてサッカーボールでリフティングを続けているが、もう一人の少年はそれを頬を膨らませながら、不満気に見つめている。
「はるぅ、そろそろ帰ろうよ。お腹空いた。あんまり遅くなるとお母さんに怒られるしさ」
「……僕んち帰っても誰もいないもん。もうちょっとだけ」
「やだよー。そんなん言うなら一人で遊んでなよ」
「一人なのが嫌なんだってば。一緒にドリブルしようぜ!」
「もーっ! 僕は帰るからな! これ以上付き合えないよ、また明日学校でな。ちゃんと帰るんだぞ!」
友達が帰ってもまだリフティングを続けていた少年は、日が沈んで星が顔を見せた時ようやく帰途に着いた。
それでもまだ家に帰りたくなくて遠回りをする。
迷路のような狭い路地裏を通るのが最近の楽しみでもある。
誰もいない暗い路地に一人。異世界に迷い込んだような気分になる。少年にとってはささやかな冒険だ。
そんな冒険だったが、人の叫び声により一気に現実に引き戻された。
「ぎゃぁあ!」
男の声だ。随分近くから聞こえた。
この時少年の中である正義感が湧き出した。苦しんでいる人がいたら助けないといけないと──。
周りは廃工場や、無人の工事現場ばかりで人の気配がない。
少年は声が聞こえた方へと走って行った。
狭い路地のその奥は行き止まりとなっており、少年の身長と同じくらいの高さの塀で囲われている。塀の奥は墓地だ。
ここは普段のこの時間帯に誰も通る事のない寂れた場所である。
「大丈夫ですか!?」
少年は人影に向かって大声で叫んだ。
路地の先は行き止まりだ。そこに三人の男がおり、その内の二人が振り返った。
一人は一番奥のコンクリートのブロック塀に寄りかかるようにして蹲っている。暗くてよく見えないが、腹部にナイフの柄が生えているように見えた。
少年は自分の目がおかしくなったのか? と目を擦る。だが、やはり男の腹にナイフの柄のようなものが見える。
目を凝らしたお陰で見たくないものまで見えてしまった。男のシャツは、ナイフの柄と思わしきところから下にかけて真っ赤に染まっていた。
血だ。
少年は前を向いたまま一歩後退した。
血を流している男の手前に立っている二人の男──。身長二メートル近くある大男と、大男の胸程までの高さの小柄な男に背を向ける事は、森の中でクマに背を向けて逃げる事と同じように感じたのだ。
大男は厳つい顔をしているが、小柄な方は狐のような吊り目でその場にそぐわないニコニコとした笑顔を見せている。
二人とも全身黒に身を包んでおり、身に付けている手袋すら黒い。
「ひっ……」
少年はもっと後退してから走って逃げようとした。
だが、踵に石が引っ掛かったのか、尻もちをついてその場に座り込んでしまった。持っていたサッカーボールがコロコロとどこかへ転がっていく。それを目で追う事も出来ない。
全身がブルブルと震えていて、立ち上がろうとしても上手くいかない。
「なんだぁ? ガキか。まずいな」
「チッ」
小柄な方は笑いながら困ったと言い、大男は懐からナイフを取り出した。背の部分がギザギザになっているサバイバルナイフだ。
大男の目からは殺意を感じられない。淡々と殺そうとしているのだ。事務作業を行うが如く、面倒臭そうに。
殺されると頭では分かっているのに、少年の脚は力が入らず動けない。
「殺すの?」
「その方が早い」
「でもさ、殺したら後始末が面倒だよ」
「一人も二人も変わらない」
大男は殺す事しか頭にないらしく、迷わず少年に向かって歩き出した。
だが、小柄な方が大男にストップをかける。
「待って。そいつ子供だし、殺すより売った方が金になるって」
「……殺人の現場を目撃しているんだぞ?」
「関係ないさ。もう表の世界には戻れないんだから」
少年はガムテープで口を塞がれ、両手首と両手足をそれぞれグルグル巻にされると、軽々と大男の肩に担がれた。
どんなに藻掻いても逃れられない。近くに停めてある普通車のトランクに押し込まれてしまった。
少年の目から涙が流れる。どんなに叫ぼうとしてもくぐもった呻き声が漏れるだけで意味が無い。
友達の言う事を聞いて早く帰っていれば。
帰りに裏路地なんて通らなければ。
そんな後悔が押し寄せる。だがいくら悔やもうと時間は戻せない。
少年は十歳にして初めて心からの後悔をした。
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