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二章九話 海
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翌日、朝食を済ませた影井と少年は外へと出掛けた。少年の服や靴は峰岸から受け取っており、服や生活雑貨で困る事は今のところない。
峰岸の部屋から影井の部屋に移る時に一度外へは出ているが、街中を歩く事はなかった為、少年は怯えながら影井についてくる。そんな彼の様子に気付いた影井は右手を少年へ差し出した。
「手を繋ごう」
「はい」
「これではぐれる事もないし、怖い事は何もない」
「はい」
少年を慮っての事だったが、いまいち少年に厚意が伝わっていないように見える。
それでも影井は少年を守るように手を握る。感謝されたいわけではないのだと、自分に言い聞かせた。
最初に本屋へ向かった。
小さな町の本屋といった雰囲気の古い本屋だ。店内は中年男性が多い。
「さてと、子供向け子供向け……」
小学生向けの本が並ぶ棚を二人で眺めた。
「興味のあるジャンルとかあるかい?」
「いいえ」
「何が読みたい?」
「……指示されたものを」
「それじゃ意味がない。じゃあ今指示しよう、好きな物を選びなさい」
影井がそう言うと、少年は絶望の色を顔に浮かべた。影井のところに来てから自分の意思を尊重しようという方向になっているが、今まで主の意思に付き従うだけだったので、それが一番労力なのだ。
自分で考えて、決定し、行動をする事は多大なエネルギーを必要とする事なのである。
そういう点では、言われた事をするだけで良かった今までは楽な部分もあった。
「……うぅ……じゃ……じゃあ、これ……」
結局、特に表紙も見ず、興味があるかどうかと問われれば全く興味のありませんと言いたげに本を選んだ。
影井は少年が選んだ本と、小学三年生用の算数、国語、社会、理科の学習ドリルや教科書になりそうなものを幾つか手に取り、会計をした。
外に出て、また手を繋いで歩く。
「君はこれから勉強をするんだ。と言っても、君がやる気になった時でいい。強制はしないから」
「はい」
影井は違和感を覚えていた。少年が最初に会った時より、段々と心の距離感が縮むどころか遠ざかっている気がしてならない。
それは少年が壁を作っているからだと気付く。
何故なのか、分からないだけに焦りが生じた。
もっと優しくすればいいのか、もっと甘やかせばいいのか、それとももっと楽しませればいいのか。
影井は苦悩する。
「どこか行きたいところはあるかい?」
「いいえ」
「欲しいものとか」
「いいえ」
どうしたら少年と距離を縮められるか分からない。悩んだ末、影井は買った物をコインロッカーに預け、少年と電車で終着駅まで乗って行った。少年は窓の外も見ずにただ揺られている。
「山と田んぼと畑ばかりだな。こういう風景は見た事あるかい?」
「……は……いいえ」
はいと言いかけて、言葉を変えた。影井は、やはり少年は少しずつ変化してきている部分もあるのだ。
少年の中で葛藤があるのだろう。揺れている心がある、それならば、いずれ前を向かせる事も可能だと、影井は希望を持った。
駅の周りにコンビニが一軒あるだけの寂れた田舎町に辿り着いた。バスで十五分揺られた先には海があった。
海開きにはまだ早い時期、浜辺は影井と少年を除き無人である。
「海は見た事あるかい?」
「……はい」
「どこで見たの?」
少年は拉致される前の過去を思い出させる質問には答えないと、影井は気付いていた。
だが、それでも質問を続ける。峰岸には心が壊れてしまうかもしれないと言われたので、無理には聞かないが。
「……お……。いえ……なんでもないです」
「何を言おうとしたんだ?」
「なんでもないです」
「うん。じゃあ代わりに俺の話聞いてくれるか?
俺さ、君くらいの年の頃、家出した事があるんだ。気付いたらここにいてね、日が暮れるまで海を眺めてた。
見ていたら吸い込まれていくような気がしてね。このまま誰にも見つからない場所へ逃げたくなった」
「僕も……」
少年はそれ以上は何も言わなかった。その言いかけた言葉の意味は分からない。影井は過去と同じように、けれどその時とは違う気持ちで海を眺めた。
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