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二章十話 抑えられない感情
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海を眺めていたら日が暮れてしまった。
影井は少年を連れて近くの民宿に泊まる事にした。
民宿は古風な二階建ての木造建築で、一階が受付と食堂、二階が客室となっている。
部屋は六畳ほどで、部屋の真ん中に長方形の座卓と、向かい合うように置かれた座椅子が四つ。 お茶のセットと菓子が少し入っており、ホテルとあまり変わらない。
案内されると、少年は隅で丸まってしまったので、影井が座椅子に座るよう指示する。困惑が強く、顔は強ばったまま言われた通り座椅子に座った。
「あっ、買った本を一冊持ってくれば良かったなぁ。読みたかったろう?」
「いいえ」
「そっか。そろそろ夕飯の時間だそうだよ。お腹は空いているだろう?」
「……いいえ」
「何が出るのか楽しみだな。君は旅行とか……」
「いいえ、いいえ、いいえ」
少年は体育座りをして顔を膝で隠してしまった。急ぎ過ぎたのだ。だが、影井は見逃さなかった。確かに少年の眉間に少し皺が寄ったのだ。
今まで殆ど動かなかった少年の表情がだ。
その後は夕飯を食べて、風呂に入るまで少年に話し掛けなかった。少年も影井が話しかけない事に安堵したのか、ぼーっとした様子だ。
布団は用意されているが、自分でシーツやカバーをつけるシステムだ。二人で黙々と作業し、布団に入った。
「おやすみなさい」
影井が少年に声を掛ける。返事を期待していたわけではなかったが、「お、おやすみ、なさい」と返事が来ると嬉しく思うのだった。
翌日になり、影井と少年は自宅マンションへと帰った。帰るまで一切会話をせず、影井はスマホでメールの処理をしたりしていた。
「さて、昼ご飯はどうしようか?」
「……」
答えの出せない質問には答えられないと知りつつも、質問をする。予想通りの反応だった。
「君は俺の部屋で休んでいなさい。今日中には君の部屋が用意出来るから」
「はい……」
その日の昼過ぎに、昨日インターネットで頼んでおいた家具が届いた。
今まで客室として使っていた部屋を少年の部屋にしていく。白と黒を基調としたシンプルなデザインのものばかりを選んだ。好みが分からなかった事もあるが、男だし実用性重視にすれば問題ないだろうと判断した。
ベッドに、システムデスク、タンス、テレビボードを用意し、テレビも設置した。
「他に必要なものは?」
影井は少年に訊ねるが「いいえ」しか返ってこなかった。少年は部屋をキョロキョロと見回すと、ベッドと壁の隙間に丸まった。
「こら、君はどこぞのマスコットキャラクターか?」
「……僕は……道具です」
影井は、どんな事があっても怒らないと、感情的にならないと決めていた。だが、胸の奥には確かに怒りの炎が燃え盛り始めていた。
(何故、こんなにも頑なに道具であろうとするんだ!? 人が折角人間らしい生き方を勧めているのに……。
そもそも道具になれと言ったのは松山だ。あいつはもういないのに!)
人付き合いをする上で感情のコントロールは必須だであり、自分ならそれが出来ると自負していた影井だったが、プツリと何かが切れる音と共に感情が吹き出した。
「いや、だから!」
「道具は決まった場所に備え付けられているものだと……」
「君は、もうそれを言った人物の道具ではないだろう。俺を見ろ、俺を! 今君の主人は誰だ!?」
「あ、あなた、です……」
「君は道具じゃないと言ったんだ! 人間らしく振る舞えよ!!」
「や、やめっ……あっ……。すみません、すみません。ご主人様の命令に従います。すみません」
少年の顔は悲しみに溢れていた。身体は震えて、表情を作ろうと必死になっている。
主人の命令に従おうと、出来ない事をしようとしている。
そこでようやく影井は自分が少年に無茶な命令をしたと悟った。
「すまなかった。本心じゃない、許してくれ。無理して人間らしくしなくていい」
「はい」
感情を映さない無の表情に戻ってしまった。恐怖からだろう、身体は震えてしまっている。影井はそんな少年の身体をぎゅっと抱き締めた。
怖くないと伝えようとした。
「ごめん、もうこんな事しない」
「はい」
頷いてはいるが、まるでロボットのようだ。
その日はそれ以上少年に近寄らないようにした。少年もまた、朝まで部屋から出てこなかった。
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