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二章十一話 詩鶴
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翌日、少年は部屋から出てきて影井に「おはようございます」と挨拶をした。
これもただ影井の命令に従っているに過ぎない。内心会いたくないだろうに。
せめて、優しく接してあげようと、慣れない笑顔を向けた。
「おはよう、昨日は本当に悪かった。眠れたかい?」
「はい」
「良かった。今日の君のスケジュールを書いておいた。分からなかったところがあれば、後で教えてくれ」
「はい」
「朝ご飯、パン焼いたけど、マーガリンとジャムどっちがいい?」
「……分かりません」
「そうか。俺はもう仕事に行くから。もし外に出たかったら、鍵を置いていくが」
「出ません」
「分かった。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
挨拶は交わせているから、昨夜の出来事はそこまで大きな問題ではなかったように思えた。
だがそう見えるだけで、内心どう思っているか分からない。
帰ったら、挨拶すらしてくれなくなっているのだろうか。それとも、命令に則って仕方なく挨拶をかえしてくれるのだろうか。
不安な気持ちのまま出社し、落ち着かないまま仕事を片付けた。
仕事帰りにバーで峰岸にその話をした。峰岸はビールを飲んでおり、機嫌が良さそうだ。
そんな時に重い話をする事は気が引けたが、悩みを話せる相手は峰岸しかいない。
申し訳ないと思いながら、少年の話をした。
「……って事があって。俺も苛立ってしまったとはいえ、酷い事をしてしまった。
今日の朝は普段通りに戻っていたんだが、もう許してくれたと思っていいだろうか?」
「影井よ。前にも言った通り、何が原因で心が壊れるか分からないんだぞ? あの少年は、朝普通に戻っていたのは、ただ命令通りに動いてただけだ。
許すも許さないも、その選択肢が頭に浮かぶ筈がないだろ。自分を道具だと思ってるんだから。
怒りをぶつけるなんて問題外だ」
「じゃあ俺の事を嫌いになったか心配する以前の問題だったな……」
怒りをぶつけ、少年を怖がらせた。影井を嫌いになっていないから朝は挨拶くらいはしてくれたのだと思っていたが……。
「そうだ。挨拶だって、命令だから、やれと言われたから、あの子はそういった理由でしか動かないぞ」
「どうすりゃいいんだ。会話の殆どが、"はい"か"いいえ"しか答えないし。会話も成り立っているけど、まるでAI相手に話しかけてる気分だ」
影井の言葉に、峰岸は驚いたのか目を丸くした。
「何? いいえとか、答えているのか?」
「あ、ああ。なんだそんな驚いて」
「俺といる時、無反応か頷くかで、声出しても"はい"しか答えなかったぞ?
"いいえ"なんて、はっきりと拒否を示すなんて事は一度もなかった」
「それは本当か?」
「ああ。あの子は確実に進歩してきているようだ。焦らずに面倒見てやる事だな」
「そうか、そうするよ。峰岸、ありがとな」
「なになに? 何の話?」
影井と峰岸の会話に割り込んできたのは、三十代前後の女性だ。オレンジ系のブラウンの髪は腰程まで届いており、前髪は眉毛より上のところで揃っている。
傷みのないサラサラヘアーだ。
身体のラインがはっきりと分かるワンピースだ。胸元が開いており、谷間がチラりと見えている。黒なので余計セクシーだ。艶っぽく見える濃い化粧に甘い香水。
知らない女性であれば苦手なタイプである影井だが、彼女に関してはその姿を見ると安心出来る位には気を許している。
彼女は峰岸の反対側、影井の隣に座った。
「ああ、詩鶴か。久しぶりだな」
「一週間ぶりね。ね、影井さん。あなた子供を買ったんですって?」
「何故それを」
「浩二さんから聞いたの」
「何? 山城(やまき)の親父さんが口外するなんて」
「私だけ特別よ」
「おやっさんのお気に入りだもんな」
峰岸が馬鹿にしたような笑みを詩鶴に向けると、彼女は顔を顰めた。
山城浩二というのは、闇オークションを取り仕切っている裏社会のボスである。
影井は浩二の信頼を得た事により、闇オークションを経営していく上での相談に乗っていた事がある。
峰岸は浩二の遠い親戚だ。
ここにいる全員が山城の関係者である。
「金目当てよ、それ以上でもそれ以下でもない」
「そうだろうなぁ」
「そんな事どうでもいいわ。峰岸ならまだしも、あなたが子供を買うなんて、見損なったわよ。
あ、マスター。キールで」
初老のマスターは頷きグラスを取り出した。プロの手際でカクテルが作られる。
この店を利用するメリットは、酒の味だけでなく、会話内容は絶対に漏れる事がないところだ。マスターも同じく山城の関係者なのだ。
「ちょっと待て、誤解はしないでくれ。買ったのは間違いないが、峰岸のところにいた子を譲り受けただけだ」
「峰岸に調教された子にどんな事しているんだか」
「そういう事は一切していない。誓って!」
「ふふふふっ、冗談よ。あなたみたいな小心者に酷い事が出来る筈ないもの」
「お前に言われる筋合いはない」
「はいはい。で、何かお困り?」
詩鶴は自信ありげだ。私に任せなさい! という頼れる姉という風格に、影井はやはり安心感を覚えて全てを打ち明けるのだった。
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