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二章十三話 少年のトラウマ
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影井が自宅に帰る。「ただいま」と言っても返事はない。部屋は真っ暗だ。また別の部屋にいるのだろうか、と少年に与えた部屋を覗くがいない。
一瞬三日前の事が頭に過ぎった。経済学の本を読んでいた少年の姿を……。
まさかと思い、影井の自室に入ると少年は椅子に座り、机の上に本を置いて読んでいた。
本屋で買ってあげた本だ。子供が読みやすいよう、漢字全てにルビが振られており、時々挿絵も入っている。
影井はそれを自分の部屋に置いたままにしていたのを忘れていたのだ。
少年はそれを真剣に読んでいた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
影井の声で、少年はようやく気付いた。本を閉じて影井に目を向けている。
「本を読んでいたのか。どうだい? 面白いか?」
「……いいえ」
「そっか。今日は一日何をしていたんだ?」
詩鶴に言われた通り、笑顔を作ってみた。顔が引き攣って痛みを感じる。
「今日は……掃除をしました。ご主人様が作ってくれたお昼ご飯を食べて、少し寝てしまって、起きてからこの本を読んでました」
「どう面白くなかったんだろう?」
「……主人公が……」
「うん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
「俺も読んでみていい?」
「はい」
影井は児童文学を読んだ事がなかった。子供でも分かるような簡単な文章表現、大人なら常識的な事である単語に分かりやすい説明文が入る。
「時間がかかりそうだ、また暇な時にでも読むよ」
「はい」
「ご飯を作るよ。俺、唐揚げが好きなんだけど作ってもいいかな」
「はい」
影井はテレビを付けてから料理を始めた。少年はダイニングテーブルの前に座ってニュースを眺めている。
内容は中年男性が子供を殺したというものだ。
「殺人事件か……」
「やっ……!」
少年が耳を塞いで膝を曲げて丸くなってしまった。
「どうしたんだ!?」
「あ……うぅ。テレビ」
「テレビがどうしたんだ?」
「うう、うう、ううぅ……」
何かを訴えたいのに訴えられなくて、心の内側に篭ってしまっている。
影井は少年を抱き締めて、安心させるように優しい声で慰めた。
「テレビは消したよ。大丈夫?」
「……はい。ごめんなさい」
「大丈夫。大丈夫だ。テレビは消すので良かったかい?」
「はい」
「教えてくれてありがとう。これからも教えて欲しい」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。君は何も悪くないのだから」
少年が僅かに震えるのが分かった。身体を固くして、怯えているのだ。
影井は何も言わずに、ただ抱き締めたまましばらくじっとしていた。
その後、少年が眠ったのを確認した影井は、峰岸に電話をかけた。
「なぁ、少年の事なんだが」
「ふぁ〜……何かあったのか?」
峰岸は寝るところだったのか眠そうだ。
「ニュースで殺人事件のワードを聞いた瞬間怯えだした。何か知ってるか?」
「あぁ。あの子は組織の番犬の仕事を見てしまって、拉致されて売られたんだよ」
「番犬……あの殺し屋達か」
「元々正義感が強い子だったらしい。ターゲットを殺した時の呻き声を聞いて、助けに来たんだと」
「なんて事だ……怖かったろうに」
影井は同じ内容を八年前に聞いているが、もう覚えていなかった。
当時十歳だった少年だ。それを見てしまったが為に売られる事になってしまった。殺人事件を見てしまう事がトラウマとなっているのでは、と影井は考えた。
「影井よ、明日少年に関する説明書をメールで送る」
「極秘事項じゃないのか?」
組織はオークションで子供を購入した者に、それぞれウェブアドレスを提示している。
健康状態だったり、売られるまでの経緯や、どんな人物なのかも細かく記されている代物だ。
組織の者でなければ見る事の出来ない、ダークウェブサイトである。
「購入者には会社のウェブ上から見れるようになってるんだ。一応、おやっさんにも許可を取るが、影井なら問題ないだろ。
明日概要をまとめて送る」
「助かるよ、ありがとう」
説明書の内容を見れば、より少年を理解出来る。影井は明日が待ちきれない気持ちで夜を過ごした。
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