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二章十七話 人として
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翌日、詩鶴は勝手に起きて、勝手に帰っていったようだ。影井が目を覚まし、寝室へ行くと彼女はもういなかった。
ソファーで寝た為、少し身体が痛む。二人分の朝ご飯を作らなければならないので、無理に起き上がった。
スマホを見ると、詩鶴と彼女のパトロンである浩二からラインが入っていた。どちらも礼を述べる内容だが、浩二は「何もしていないだろうな?」と疑うような内容が追加されていた。
内心ビビりながらも当たり障りのない返事をして、スマホをテーブルに置いた。
(詩鶴とどうにかなる方がおかしい。あんなキツい性格の女性……。俺はもっと大人しくて従順な……あの少年みたいな……)
と、少年の部屋の扉に目をやった。そして慌てて頭を振る。
(いやいや! 何変な想像してんだ!)
自分を殴りたくなった。少年と最初に会った時やこの部屋に連れて来た頃、確かに少年に性的な行為をされそうになった事はあるが。
それを想像してしまうのは、何故か背徳感のような、してはいけない事をしてしまったような罪悪感を感じる。
そんな妄想を振り切って、少年の様子を見に彼の部屋を開く。まだ少年はベッドで眠っていた。まだ目覚めそうな雰囲気ではない。
昨日は疲れたのだろう。気持ち良さそうによく眠っている。
こんな気を許したように眠る姿も初めてだ。昨日の女子会が功を奏したようだ。
起こすと悪いと思った影井は、そっと部屋から出ていき台所に立った。
卵を割ってかき混ぜていると、少年がダイニングへとやってきた。
「おはようございます」
眠そうな声で影井に声をかけてくる少年の目には、きちんとした意思があるように見えた。
いつものように、言わなければならないから、命令を遂行する為に言っている感じがない。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「変な夢を見ました」
「へぇ、どんな?」
「女の人に追い掛けられて、頑張って逃げる夢です」
昨日の事で疲れが溜まったらしい。影井はコップにオレンジジュースを入れて、少年の前に置いた。
「今度は男子会にしよう。俺の知り合いで落ち着いた人を連れてくるから。怖い思いはもうさせないよ」
「ありがとうございます」
少年はすぐに椅子に座って、オレンジジュースを飲み干した。昨日までは許可がなければ、椅子に座らないし、飲食も出来なかったのだ。
影井は驚きと喜びから顔が綻んだ。少年の頭を撫でて料理に戻る。
卵焼きとトーストとサラダをテーブルに広げ、二人向かい合って食事を始める。
「そういえばさ、敬語じゃなくていいよ。一緒に住んでるし、家族みたいなものじゃないか」
「……その方がご主人様は嬉しい? ですか?」
「うーん。君はどうしたい?」
少し踏み入って質問をする。また困った様な顔をするようであれば、それ以上の質問はしないつもりだ。
「あの……難しいです」
「じゃあ、慣れてきたらでいい。いつか敬語なんて取っぱらって話してくれたら嬉しい」
「はい」
少年の口元に僅かばかりだが笑みが浮かんだ。まだまだ先は長いように思えるが、遠くない未来、きっと少年は自分らしく生きていけるようになると、影井は確信した。
「あとさ、俺の事は影井でいいよ」
「か、影井……さん?」
これはいけるかもしれない、と確信した影井は更に踏み込む。
「うん。で、もし良ければ君の名前も教えてくれるかな?」
「名前……」
「君は自分をまだ道具だと思うかい?」
「あの……」
少年は恥ずかしそうに照れながら、でも言いづらそうに答えた。
「僕は、人間として生きても、良いんですか?」
「当たり前だ。君は人間だし、自分の意思を抑える必要はないんだ。ありのままの君でいていいんだ」
「もう人身売買に売らないですか?」
「当たり前だ! 絶対そんな事はしない! 信じて欲しい」
「影井さんが……死なない保証……ないですよね? 死んだら、一番最初のご主人様の時と、同じように……また、売られてしまうと……思うんです」
言っていいものなのか分からないらしい。ビクビクしながら言葉を続ける少年に、影井は真剣に答えた。
そんな事で怒りはしないと。
「絶対そうしないよう念書を書こう。その時は詩鶴さんに頼むよ。彼女は信用出来る。
人身売買組織には絶対売り渡さない! 約束する」
「じゃあ、臓器売買で殺されたりも?」
「有り得ない事だ。俺が君を守ると誓うよ。だから、一度だけでいい、俺を信じて。
裏切られたと思ったら、怒っていいから」
「でも、僕に怒る権利はないです」
「あるよ。嫌だったら怒っていい」
「でも僕はご主人様……いえ、影井さんの所有物です。自分が買ったものが、自分の思い通りにならないのは、おかしな事です」
こんなにも少年は心に傷を抱えていたのだ。所有物だから、また売られてしまうかもしれないから、次は臓器売買で殺されてしまうかもしれないから。
そんな雁字搦めの状態で、一人で耐えていたのだ。
安心させる為にはっきりと言う。自分の考えを──。
「いいや。君は俺の所有物じゃない。買ったつもりはないからね。
峰岸に払った金は、購入したというより、アイツが君を気に入ってて手放さないから、手切れ金みたいなもんだ」
「前のご主人様が……?」
ここは少年が一番、信じられないという顔で驚愕していた。
「そうだよ。アイツも君を心配してた。
何度も言ってあげよう。君は君のものだよ。君の思うままに生きてくれ。それが俺の望みだ」
「その方が、影井さんは嬉しい? ですか?」
「ああ」
少年は少し考えているようだ。下を向き、また影井に目を向け、右へ視線を向ける。
思考が定まらないらしいが、その間影井は一切邪魔をせずにコーヒーを飲んだ。
そして少年はようやく、意を決したようだ。意志の篭った瞳で影井の目を見つめた。
「僕の名前は……須賀春哉です」
「教えてくれてありがとう、春哉」
「はいっ」
柔らかく微笑んだ彼は、もう誰の道具でもない、自我を持った一人の人間だった。
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