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四章八話 ファーストキス
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「な、何を……?」
また影井は理解が追い付かないのか、固まってしまった。
「影井さんが好きって言ったよ。僕の初恋なんだ」
「本気か?」
「もちろん。僕は僕を買い戻したら、あなたに告白する権利を得られたって思ってきた。
今、影井さんと僕は対等の立場になった……よね?」
春哉は少し不安げに影井に訊ねた。
「そうだな。俺と春哉は対等だ。社会人と学生という立場の違いはあるが、一個人としては対等だ」
「だよね。そう言ってもらえてホッとした。次は影井さんへ恋愛関係になる為の交渉だよ。影井さんのメリットは……そうだなぁ。僕の心と未来を全部、影井さんに無償であげるよ。欲しくない?
答えて。振るなら潔く振って欲しいから」
「そんな急に……。俺なんかのどこがいいんだ?」
「なんかって。影井さんは素敵な人だよ」
「いや。でも、春哉が外の交友関係を広げたら、絶対に俺より良い人が出てくるだろう」
「それはないよ」
春哉は断言する。
影井以外に良い人などいない、交友関係が広がったくらいでは心変わりなどしないと確固たる意思の目を影井に向けた。
「なんで言い切れる?
それに俺は裏社会とも繋がりがある。間接的に春哉を不幸にしたのも俺だろう」
人身売買のシステムを作ったのは影井だ。確かに影井がいなければ春哉は売られる事はなかったのだが……。
「違うでしょ。影井さんが変なシステム作ったから、僕は影井さんと出会えたんだよ」
「俺以外に近しい人がいなかったから」
「それも無いよ。それなら僕、詩鶴先生好きになってなきゃおかしいじゃん。
先生と一緒にいる時間の方が長かったし」
「だとしても、どうして……」
「ねぇ、影井さんの気持ちが聞きたいよ」
じっと目を逸らさずに影井を見つめる。あと一押しで落とせそうな影井の反応を変に思いつつも、押してしまえと闘争心に満ちた春哉が距離を詰める。
春哉は椅子から立ち上がって、影井の横に移動すると、右肩に優しく両手を重ねて乗せた。
そして耳元で「影井さん、教えて?」と囁いた。
「子供だと思っていたんだがな」
「もう二十歳だよ? 子供に見える?」
「見えない」
「ね、影井さんは僕の事、好き?」
「好きだよ。でもそれは子供に向けるような愛情だ」
影井はハァと溜息をついており、春哉は恋愛話を出来る様子ではない事に気付く。
「影井さん?」
「……あれは七年前かな。
初めての人身売買の会場に行って、俺はなんて罪を犯したのだと罪悪感に苛まれた。
でももう自首をして償う事は不可能で、俺は忘れるように殆ど毎日違う女性と夜を過ごした」
「へぇ? それで?」
「ある女性との間に子供が出来たんだ」
「……ある女性って。詩鶴先生じゃないの?」
「違う。そもそも詩鶴は峰岸の元カノだ」
「え! 嘘ぉ!?」
詩鶴が峰岸と距離感が近いのはそういう事なのか、と春哉は疑問に思った。
別れたのであれば、普通は疎遠になる筈だとも考えての事だ。
「俺が孕ませた女性は、結局堕胎手術をした。俺は産んで良いと言ったんだ。責任は取る、結婚しようと言った。けど彼女は……」
「断られたんだ?」
「そうだ。それから女性とも寝なくなった。俺は生涯一人だと悟った」
「そんな! 見切り早過ぎるよ」
「弱いんだ、俺は。ちょっと傷付いたくらいでダメになる。詩鶴にも、気の弱い偽善者だとよく言われる」
「うわ、きっつい」
詩鶴の授業で怖い思いをしたのを思い出した春哉は苦笑いした。
「善人になんてなれないし、俺がしてきた事は悪い事ばかりだ。春哉、君を買い取ったのも、八年前のオークションで君を救えなかった罪悪感からだし。
こんな俺でもいいのか?」
「あはは。そんな影井さんだから好きになったんだよ。知ってるよ、影井さんが気が弱くて、意外と臆病者で、そこまで良い人じゃないって事」
春哉は座っている影井を横から抱き締めた。影井の頭に頬ずりをする。
「僕になら全部見せていいよ。絶対嫌いになる事はないし、全部好きになる。
初めて二人で海に行った時の事、覚えてる?」
「ああ。二人でずっと眺めていたな。吸い込まれそうな暗い海を」
「最近気付いた事なんだけどね、あの時影井さんを好きになったんだ。
あの時、影井さんは僕と同じ様に暗い過去を抱えて、悲しい顔で海を見つめてた。
一緒にいたいって思ったんだよ。僕があの暗い海を明るくしたら、元気になるのかなって」
「春哉……」
影井が外では見せない弱気な顔を見せた。春哉にだけ見せた本当の影井自身だ。
「影井さんは自分の悪い所ばかり見るよね。僕が影井さんのいい所教えてあげる。
いーい? まず優しいところでしょ、料理上手だし、社会的地位も高いし、イケメンだし、僕みたいな子供でも自分と対等って言ってくれるし、心が広いよね」
「そんなの誰でも持ち得る長所だろ」
「それで良いんだよ。特に僕にとってはね。影井さんがいてくれたから今幸せに生きていられる。あなたが僕を救ったんだ。
次は僕が影井さんを幸せにしたい……です」
「ついこの間まで子供だったのに。いつの間に大人の目をするようになった」
ずっと人形のように生きてきた春哉だったが、影井に保護されてからようやく人間としての感情を出せるようになった。
高校に入ってからは、特に急激に成長した。
そして、今の春哉はもう大人の顔をしている。
「僕、影井さんの横に並んで生きていきたいよ。だめ?」
影井は立ち上がると春哉に向き直った。
お互いが向かい合い、真っ直ぐにお互いの目を見つめている。
「いいのだろうか。俺が人に愛されても」
「少なくとも僕は愛してる」
「俺も、こんなに俺を好きでいてくれる君を愛したい」
「本当? やっぱり子供にしか見えないとか、ナシだよ!?」
「まさか。これから子供じゃない証明をしてくれるんだろう?」
春哉はハッとして頷いた。なんとなくの意味が分かってしまい、顔は真っ赤だ。
照れて下を向いて顔を隠したのだが、影井に顎を掴まれて上を向かされた。
「嫌なら言ってくれ」
影井の顔が近付いて、春哉は目を瞑った。
唇に触れるだけのキスだ。
春哉のファーストキスだった。
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