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「いやいや。余地がないどころか、そういう可能性もゼロじゃないか……」
独り言を呟いて本当に肩の力が抜けた。
落胆という言葉がぴったりか。
天沼さんは可愛い。
あの男が恋人だとしたら、「可愛い」も「美人」も確かに似合わない。
多分……いや確かに天沼さんの相手はあの男だーー。
男が好きなのだろうか。
元々?
それともたまたま?
おれだって男が好きなわけじゃない。
ぷよぷよした女性がいたら、きっと好きになる。
興奮もする。
でも同じことを、天沼さんに対しても思ってしまうのっておかしいのかな?
病気なのだろうか。
あの男は天沼さんとキスするのだろうか。
天沼さんはどんな味がするのだろう?
あの男は天沼さんを抱くのだろうか。
天沼さんの中はどんな温かさなんだろう?
おれもしたい。
触れてみたいし、味わってみたい。
天沼さんの中に入り込みたいーー。
そしてぐちゃぐちゃにかき混ぜてみたいーー。
妄想に支配されかかった時、気が付くとおれは宿直室に戻ってきていた。
「……ええ。大丈夫です。ええ、大丈夫。それでは、失礼します」
外線対応をしていた警務員の小関さんは受話器を置いてから、「お疲れ」と言いかけて、言葉を切った。
「え? あの」
「お前」
ーーなに? エロ妄想、ダダ漏れた!?
「幽霊みたいに真っ青だぞ? 大丈夫か」
「……はっ! だ、大丈夫ですよ」
「ならいいけど」
小関さんは電話の内容を受付簿に記載し始める。
おれはその隣に座り込んだ。
小関さんの書いている文字を眺めてみると、どうやら毎晩のように他愛もない話をしてくる精神疾患おばさんの記録だ。
「またですか。電話」
「ああ。寂しいんだろう」
警務員は市役所職員を退職して再雇用で入っている人が多い。
小関さんもその一人だ。
だからおれなんかよりも、電話対応もお手の物だ。
しかも市役所のことはなんでも知っているから、どんな相談にも的確に答える。
こういう精神的に病んでいる相手の対応も……だ。
ある程度の記録を書き終えて、小関さんは呟く。
「夜ってーのは、心の闇も引っ張り出す。心が寂しい奴は、それが深くなるもんだ」
ーー心の闇が深くなる? 天沼さんへの思いもそうなのだろうか? これは闇が増長するもの?
「人の心はいつの時代も、いつになっても不可思議なもんだ。ま。お前みたいに若い奴にはわからんと思うけどな」
「……わかりますよ」
「そうか? なんだ。若者よ。悩める子羊ちゃんか?」
「……小関さんは恋の相談にも乗ってくれますか?」
「え~。おれ、仕事で相談は受け付けるけど、お前の相談も受け付けなくちゃだめ?」
「すみません」
なんだか悪い気持ちになって謝罪すると、小関さんは笑った。
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