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そのまま「観光してくる」と言って店の前で別れた彰の存在は、達夫の意識の端にずっと引っかかり続けているらしい。本来、それが父親として当たり前の話なのだが。
身体を洗っている間もずっと、あー、とか畜生、とか、事あるごとに話題をぶつ切るのは、慰めを求めているのだろうか。悉く適当に流し、譲治はかれこれ三十分近く、念願の熱い湯に浸かっていた。
浴場が源泉掛け流しであることは、この元保養所でほぼ唯一の利点と言えた。もっとも、大浴場と銘打っているが、5、6人も客が押し掛けて来たら立ち所に湯がなくなりそうな狭さだ。
達夫はフロントに一言、二言告げるや「今からは貸し切りだ」と請け合った。どうも彼はここのオーナーと、あまり良い形で繋がっていないらしい。
「難しいな、父親業ってのは」
「諦めたほうがいい」
飛沫が飛ぶ程の勢いで傍らに身を沈める達夫へ、譲治は肩をそびやかした。
「今更付け焼き刃で偉ぶったって、反発されるだけさ」
「冷たい奴だな。自分がお手のもんだからって」
「僕は努力してる、最近の若い子が好きな音楽を聞いて、ゲームやって。悩んでそうだったら、構い過ぎず、突き放し過ぎず距離を詰める。信頼関係って言うのは、継続することで初めて築けるんだぜ」
「お前、俺を泣かす気かよ」
天井を仰ぎながら、また濁った音程で放たれる唸りは、独特の臭気の中で酷くぼやけて響く。
「俺だって、あいつが可愛くない訳じゃないんだ。あのむやみにイキってる感じとか見てると、ああ、ちゃんと俺の血を分けた存在なんだなって」
湯船の縁にかけられた腕は、相手を囲い込んで抱き寄せる役割も果たす。先ほど彼が、その血の分けた息子に対して、同じ仕草をしたことを、譲治は思い出した。
「でも同時に、あいつの母親も思い出しちまう……何であんな女、抱いちまったんだろうな。化粧っけもなくて、ボテボテした体つきの、四十越えたオバハンだぜ。妊娠したって聞かされた時、かつがれたと思った」
透明な、ほんの少しとろみのある湯の中で脚が重なり合う。器用に動く親指と人差し指で譲治の親指を挟んでみたり、爪の根本を擽るような動きをしたり。
「そう言う意味じゃ、何で俺、お前にムラついてるんだろうって言うのも不思議なんだよな」
「あのなあ」
心底呆れ返り開いた口は、すかさず頬に触れた唇で動きを止められる。一度じっと目を覗き込んでから、達夫はニタリと、口元一杯に懐っこい笑みを広げた。
この人誑しは、間違いなく息子に受け継がれている。口腔内へ滑り込み、ぺろりと舐める舌先を受け入れ、譲治は思った。ぼたぼた滴る湯を引き連れながら持ち上げられた手のひらはとてつもなく熱い。頬を柔く撫でられた後、指先で耳を畳むようにされたり、裏を擽られるうちに、頭がぼうっとなってくる。また心地よい惰性に飲み込まれる。
「最後まで、したくなる」
「すれば良いじゃんか」
「公共の場だぞ」
「俺が謝っとくって」
ははっと燃えるような吐息の笑いに合わせて、粘ついた唾液が犬歯からつっと糸を引く。
「ここの持ち主、闇カジノにはまっててさ。俺の口利きで、中国人にこのホテル、取られるかどうか決まるんだよ。何やっても許してくれるさ」
「君、とんだワルだな……っ!」
今や身を乗り出した達夫に、四角い浴槽の隅へ追いやられている。ぐりっと膝で股間を押され、譲治は思わず顎を仰け反らせて低く呻きを漏らした。益々興奮した風で、達夫は無防備に晒された喉へとかぶりついた。
不思議なことに、磨りガラスの引き戸を開く音は聞こえなかった。さっと温度の違う空気の流れが顔を撫でる。
譲治が逆さまになった視界へ、形の良い足を映し込んだ時には、達夫も慌てて身を離していた。
「清掃中の看板見ただろ!」
「フロントの人に聞いたら、父さんが貸し切りにしてるって」
しれっとした顔で言ってのけ、彰は二人を見下ろした。
「そういうこと。どうぞ、好きにして」
あ゛ー!! と怒りとも嘆きとも付かない叫びと共に、ざぶんと湯船へ沈んだ達夫と違い、譲治の行動は迅速だった。とは言っても、すっかりぐらついた脳では足もおぼつかず、よろめきながらの無様なものだったが。
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