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ラムネ雪14
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ゆっくりと指が離れる。
途切れた瞬間、呪縛から解き放たれる。
指が離れ、音が消え、会場内に余韻が広がる。
消え入るような、遠くに北風が去ってしまうような…
先ほどまで感じていた妙な焦りや感情は、指が離れた瞬間に、解けたようになくなっていく。
今まで、降り積もっていた音が全て溶けて無くなったかのように、会場内には何も残っていなかった。それが、当たり前なのに、とても不自然に感じた。
ああ…
よくわからないけれど解放された。
ストンと肩の力が抜けた。
胸の奥の息苦しさが消えていく。
今まで、得体のしれないものに体を支配されていた気がする。
呼吸も自然と元に戻っていた。
ペコリと頭を下げた演奏者がはけて行く。
演奏者に与えられた持ち時間は同じだったはず。
それなのに、一瞬だった気もするし、ものすごく多くの時間聞いていたような気もする。拍手をして気づいたが、両手にものすごい力を入れていたらしく、関節がギシギシと、錆び付いた機械みたいな音を立てていた。
手を叩くたびに、機械から部品がバラバラ飛び散るように、血の巡りを取り戻す。
彼が舞台のそでに姿を消して、アナウンスが演奏会の終了を始める。
始まる時に流れた女性と同じ声だった。
待ち望んだ演奏を聞いたのに、知識がないので何一つ耳馴染みのメロディがない。
比べることもできない。彼の凄さを理解するほど経験も知識も浅いから、なんと声をかけるべきなのかも分からない。
もしも、音が積雪するように目に見えたら、きっと会場内にそれは降り積もっていたはずだし、それを見て余韻に浸ることも、それを持ち帰って愛でることもできたはずだ。それなのに、触れるどころか何も残らない。
単純に『いい演奏だった』という表現力だけで片付けることができない、何か巨大なものを目の当たりにした気がする。
その整理に少し時間がかかってしばらく座席に座っていた。
目の前で起こっている出来事を、言葉で表現することができない。
今まで感じたことのない不明瞭な刺激を捕まえられずにいた。
雪は、多くの人が出口を目指して会場を後にしている最後の方で、席を立った。半ば、放心していた。
心を取り戻せず、耳の奥がボーッとしているかのような妙な閉塞感のまま会場の外へ出た。
そういえば、曲名を確認することなんてすっかり忘れていた。
今、それを確認したところで本来どんな曲なのかなんて、雪がわかるはずはなかった。彼の演奏が特別なのか、それとも元々そういう曲だったのか…なんて、今は確かめようもない。
会場の外へ出ると、辺りは暗くなっていた。
出入り口では、多くの人の輪ができていた。
よく目を凝らし、内容を聞いていると、どうやら演奏者とその友人が集まっている様子だった。早めに終わった出演者は私服に着替えていた。
そういえば、演奏会の大半を寝て過ごしたから、誰が出演していて誰が友人なのか、雪には区別がつかなかった。なんとなく、ペコペコ頭を下げていたり、化粧や髪型に華があったりしていた。
特に女性は、目を凝らせばわかるが、男性の演奏者に関しては検討がつかない。皆同じに見える。
日が落ちた暗い照明では、区別をつけるのはシルエットくらいだが、見回しても見つけることができなかった。
「あっ…」
雪は思わず声を出して、目を凝らす。
すると、最後から2番目に演奏をした女性を見つけた。ちょうど、彼女と挨拶をしていた友人が去った瞬間、ふと目があったので、吸い寄せられるように雪は近づいて行った。
彼女は、不思議そうに雪を見つめていた。
「…演奏素晴らしかったです」
雪の中からすっと声が出てきた。
そういうと、彼女は遅れて笑みを浮かべてくれた。
「ありがとうございます」
ビビッドな色合いの口紅が美しく半円を作って、彼女の白い歯を際立たせた。
近づいてみると、肌も色白で、頬に挿しているチークがその肌によく生えていた。
「初めて拝聴させて頂いたので、浅知恵で申し訳ないのですが、とても良い演奏でした」
雪は、癖で両手を合わせて頭を下げる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
彼女は雪の行動に戸惑うでもなく、訝るでもなく素直に穏やかな笑みを浮かべていた。
彼女に後光がさし神々しく見えた雪は、思わず目を凝らしてしまう。
日の落ちた暗い照明の中にあっても、彼女は輝いていた。
雪は、こんなに女性とは美しいものだったのかと感心してしまう。
最近、母親以外の異性と話たことなんてあっただろうかと記憶を深掘りしなければ発掘できないほど遠い記憶のレベルだ。それもこんなに美しいと感動したことはない。
その神々しさに、思わず両手を合わせて、深々と拝みそうになった。
「あの」
異性と面と向かってまともに会話をしたことのない雪は、彼女が菩薩様か観音様のように見えて目が離せなくなってしまう。
その澄んだ瞳を見つめているとなんだかポーっと頬が赤くなってくる。
彼女が、何かを伝えようと口を開いたそのときだった。
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