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ラムネ雪15
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「ゆきちゃん」
名前を呼ばれて振り返る。
「ああ…」
背の高い男がこちらに来て、雪の腕を掴んだ。
「行くよ」
語尾が強い。
「え?っあ…」
雪を引きずるように引っ張る男に雪は戸惑った。
一瞬、出演者の女性と視線が合うと彼女も驚いているようだった。
何かをいう前に早急に引きずられてしまう。歩幅の合わない雪は転びそうになりながらついて行くしかなかった。
雪は男の後ろ姿を見上げた。
やはり背が高い。そのせいで、足の長さが違うらしい。
舞台の上に立っていた時は、そんなに気にならなかった体躯の違いに、いっそ感心してしまう。
同じ人間なのに、別の世界に住む生き物なのではないか。
…否、ゴキブリの羽とエビの尻尾の成分は同じだという雑学をどこかで聞いたことがあるが、側から見たらきっとそういうことなんだろう。一寸の虫にも五分の魂か。などと、訳のわからない方向に思考が及んでしまう。
無意識に、動揺を誤魔化そうとしている自分に気づいた。
「ナツキ」
辺りに人がいなくなって、2人きりになる。
コンサートホールの裏手にある駐車場で足を止めた。
街灯はまばらで、車は数台が止まっているが人はいない。
雪が呼ぶと、ナツキは振り返る。
「…何してんの?」
男は複雑な表情を浮かべていた。
不機嫌そうな、不貞腐れているような…
決して、穏やかな表情ではない。
「何って…」
雪は、その真意が分からなかった。ただ、素直な質問に対して答たところで、くだらない言い合いになるだろうと思った。
かと言って、誤魔化すことも望んでいない。
「…」
雪は開きかけた口を一瞬閉じて、言葉を変える。
「ナツキの演奏一番良かった」
なっちゃんと言わなかったのは、その響きが彼には似合わないと思ったからだ。
目の前の1人の演奏家に対して、敬意を払う意味で名前をよんだ。
「…」
ナツキは一瞬ドキッとした表情をして、視線をそらした。
「そ、そんなこと聞いてない…っ」
言われた言葉が嬉しいと言わんばかりに、頬が少しだけ染まる。
「ちゃんと、答えになってないし…」
ナツキは目に見えて動揺していた。
雪は、癖で両手を合わせる。
「多くの言葉を知らないので、どう良かったとか、具体的にどうだったとか、専門的なことは分からない。…だから、俺に言えることは、最後まで眠くならずに聞けたって事だけ。もっとナツキの演奏を聞いたら、もっとうまく感想が言えるようになるかなぁと思った」
雪が、そういうとナツキは顔を青くして、まるで幽霊でもみるかのように雪を見つめた。
「えっ…?」
完全に言葉を失っているようだった。
表情が固まっていた。
「?」
雪は、ナツキの表情の意味がわからずに首を傾げる。
「…どうかした?」
雪がナツキに尋ねると、ナツキは震えた声でいう。
「どうかしたって…えっ…待って。ちょっと待って…」
「?」
雪は口を閉じた。
「今、もっと僕の演奏を聞いたら…って言った?」
「言ったが?」
それがどうしたの?
と言わんばかりの雪の口調に、ナツキはさらに困惑する。
「それって…つまり、どういうこと?」
「?」
雪は、首を傾げた。
ナツキの声は震えていた。
「…僕、ゆきちゃんに酷いことしたよ?」
恐る恐る尋ねる言葉の弱さに、その自覚がある分救いはあると、雪は思った。
「ヤリ逃げした事?」
「…」
わざわざ言葉にする雪にナツキは罰の悪そうな顔をした。
あからさまに視線を逸らす。
「…そ、うだよ…」
小さくて、早口だった。
まるで幼い子供が自分の悪戯を叱られているかのような表情だった。
「悪いと思ってんだ?」
不貞を詰る妻のように雪は容赦しなかった。
腕を組んでナツキを見る。
しかも、連絡する手段がないままで、探すのもかなり大変だった。
「……思ってる」
ナツキはコクリと頷いた。
「…」
雪は『じゃあ、いうことあるだろ?』という無言の圧をかけてくる。
ナツキはそろそろと視線をあげる。雪の憮然とした表情に、泣きそうな表情をして唇を震わせる。
「ごめなさい」
震える声で、ナツキはそう言った。
「はい」
雪は頷き、腕を解いた。
穏やかに笑みを浮かべる。
実をいうと雪の中で、ナツキとしたことは朧げであった。
正直、夢だったんじゃないかとも思ったが、風呂に入る際に性器から甘い匂いがしたので、そこで絶対に夢じゃないという確信に変わった。
今はもう、記憶は所々途切れていてはっきりとはしていない。
時間が経っているからかもしれないし、刺激が強すぎたのかもしれない。
どうしてあんなことをしたのか。
ナツキが雪の前からいなくなった事については言及する必要がある。
世間的には、相手が異性であろうが同性であろうが、ナツキがしたことは褒められる事ではない。
ぼんやりとした記憶の中を思い返すたびに雪の経験の少なさだけが妙に際立っている気がした。
それをナツキが教えてくれて、そのために仏様が再会する縁をお与え下されたのだと雪は思う。
雪にはまだ僧侶として一人前になれない要素がたくさんあり、世の中を知るためには、たくさんそれを学ばなければならない。
困惑することも多く、理解に及ばないと思うことは、全て雪の経験が浅く知識がない証拠だと思う。
だから行為自体を咎めるというよりかは、ナツキがどんな思いだったのかという感情を雪は知りたい。
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