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ラムネ雪17
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「なぁ、なんで俺は今ここにいると思う?」
「えっ?」
雪は続ける。
「ナツキのこと探したからだろ」
「…」
うん、それは… まぁ…
という感情が透けるようなナツキの惚けた表情を雪はじっと見つめている。
「どうして、やり逃げされた本人が探したと思うわけ?」
酷いことをされた本人が、した方を探すのは確かにおかしい。
もし、理由があるとすれば…
「…仕返しに来たんだと思ったんだけど?」
「するわけねぇだろ」
そう考えるのは普通だろう。
雪は、すぐにナツキの言葉を否定した。
「本当のナツキを知ろうと思ったから」
雪の言葉が、ナツキの心に積もっていく。
ナツキは黙って雪を見下ろす。
「理由もなく酷いことするような子供じゃなかったろ?」
それは昔の僕でしょ?
と、喉まで出かかった。
ナツキがもっと悪どい人間になって、それこそ詐欺とかやり逃げするとか、そういう録でもない人間になっていると万が一にも考えなかったのだろうか?
昔とはだいぶ体も心も変わってしまったナツキの変化を何も知らずに、過去のナツキの事を信じて目の前にいるという事?
そんな不確かな思い出を信じて、裏切られることも万が一に考えなかったのか?
昔の僕のことを今も信じてくれていたと言うこと?
久しぶりに顔を見た時にすぐ気づかなかったくせに…
ナツキの心が、雪への気持ちをさらに募らせる。
「だから、その理由を聞きにきた」
雪は『愛している』という感情の裏返しだと知った。
今まで、雪の中にはない複雑な価値観だった。
「…それで?どうだったの?」
ナツキは本心を答えた。
過去から今もずっと現在進行形で、雪のことがどうしようもなく好きであること。それを知って、糾弾することもなく、激しく非を鳴らすこともなかった。
だからといって、ナツキの感情に妙な同情をしたり、この場を取り繕うために適当に阿諛することもない。
雪の言葉をまった。
「好きならその好きな気持ちのままでいても良いだろう」
先ほどから、繰り返される問答に少し呆れた雪が言う。
誰かに止められたわけじゃない。
ましてや、反対されたわけでもあるまい。
自分で自分に枷を嵌めて、苦しい苦しいと喘いでいるのは、見ていて良いもんじゃない。
相手の幸せを願い、笑っていて欲しいと願うのは一方的な庶幾ではない。
「俺が、いつお前を否定したんだよ?」
否定しているのはナツキ自身である。
繰り返される不幸せな質問をいい加減終わりにしたかった。
『ゲイって気持ち悪いと思ってるでしょ?そうでしょ?そうなんでしょ?』と、一方的に質問を押し付けて、何も答えていないのに傷ついた顔をする。
その質問の答えがイエスでもノーでも、理由をつけてきっと後ろ向きに考えるのだ。なぜなら、雪の本音を何よりも恐れているから。
真実を知って最悪な結末を迎えたくないから、彼は否定的な妄想を巡らせる。
「してない」
ナツキは、雪の手を強く握る。
そして、ナツキは曙光をちらつかせた表情をしながら恐る恐る続ける。
「…じゃあ、ゆきちゃんのこと口説いても良い?」
「えっ?」
口説く時って、宣言とかするものなのか?
「だめなの?」
ナツキは眉を潜めた。
その甘えるような上目遣いに雪は戸惑う。
「だから、ダメって言ってないだろ」
「じゃあ良いの?」
「…」
こういう時って、一体どうすれば良いのか。
雪は更に揺蕩う。
それなのに、ナツキは雪の言葉を待っている。
だが同情し、迎合するつもりはない。
だから、はっきりと答えたほうがいい。
「いいよ」
雪が頷くとナツキの心に、一転して光明が差し込む。
「本当に!?」
別に、口説く行為を止める権利はないわけで…
口説かれるかどうか、それはまた別問題と言うことではないだろうか。
口説かれたことのない雪はそう思った。
「…」
もう1度いいよと頷くのはなんだか恥ずかしくて、雪は視線をそらした。
「やったー!」
ナツキは雪に抱きついた。
「わっ!」
雪は驚いてナツキの背中に手を回した。
「ゆきちゃんっ!大好きっ!ペロペロしたい!」
「な…っ!?」
ナツキの腕の中に雪はすっぽりと入っている。
頭の悪い告白をするナツキに雪は言葉を失っていた。
相愛ではないのにもかかわらず、思いを否定されなかったことだけで、ナツキは金的を射止めたかのように喜びをあらわにしていた。
多少下劣な感情表現は、さておき。
大袈裟な反応に水を刺すようなことはしない。
『誰にも取られたくない』と先ほど言った言葉が、雪には妙に気になった。
なぜなら、口説くと言うことは成就するまで時間がかかるということなわけで、可能性として雪が万が一、他の誰かに好意を寄せてしまい、その思いが達成されなかった時に、その強い感情はどこへ行くというのだろうか。
というか、そもそもで雪は果たしてナツキを好きなんだろうか…
「…どうかした?」
喜んでいたナツキが、違和感に気づいて腕の中の雪をみた。
何か、考え込んでいるような表情を見て、ナツキの頬が緩む。
「…無理しなくていいよ」
「?」
何が?
と言いかけた雪の唇をナツキが奪う。
一瞬だけ触れた唇は暖かかった。
声色は優しく、そして甘さを含んでいた。
「僕がゆきちゃんを口説くから、ゆきちゃんは口説かれたらいい」
「…」
何それ?!!
っていうか、キスした!??
ここ外だけど???!
男同士だってことを気にしてたのはナツキじゃないのか!?
雪の頭の中では、次々に感情が浮かんでは消えていき、何から言及したらいいのか分からずに、わなわなと雪の顔が赤くなる。
「可愛い」
ナツキはにこりと微笑んだ。
それが大変幸せそうだった。
低い声で、愛おしそうな瞳で、ナツキに見つめられる。
異性なら、おそらくコロッと… いや、ドキッと… ズキンとか…??
雪の中でぴったりの良い効果音が見つからない。
兎に角、異性ならナツキの魅力に落ちていくのは必至。
口説くと本人が言うのなら尚更。
贔屓目に見てナツキのことを表現するのであれば『イケメン』だと雪は思っている。同性だから、まだ踏みとどまれているだけ。
単純な雪がナツキのようなタイプの若者の知り合いが側にいないから、若者を見たら一様に『イケメンだ』と思うだけかもしれない。
今時の若者の独特な髪型や服のセンスにごまかされて、雰囲気でそう感じるだけの場合もある。
少なくとも、今日コンサートに立っていた演奏者たちの写真を見る限りでは、ナツキが一番『イケメン』だったと雪は思う。それはとても自負に近い。自分の身内を鼻高々に紹介する時のようだ。
コンサートの大半を寝て過ごしてしまったので、実際演奏する場面をナツキ以外見ていないから、宣材写真と実物の比較ができないものの、写真の写り方の良し悪しを差し引いても、ナツキが一番イケていると雪は思う。
ナツキが笑みを浮かべて愛おしそうに雪を見る眼差しは、キラキラしていて眩しささえ感じる。
母親が子を慈しむのとは違う温度を孕んだ、相手を愛寵する眼差し。
今まで雪が感じたことのない、くすぐったさと暖かさ、それから甘さ。
これが口説かれるということなのだろうか?
それとも、顔立ちの良い若者が醸し出す雰囲気に絆されているだけなのか?
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