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ラムネ雪18
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だんだんと雪を見つめる眼差しが緩んでいく。
「ふふふっ」
まるで大型犬が尻尾を振っているかのような…
頬に渦巻きが巻いているような…
端正な顔立ちに、多幸感を包み隠すことなく浮かべた表情で、ナツキは雪を見つめる。
こんなに緩んだ表情をしているのに、だらしが無いと思わせないのは、ナツキが手放しで喜べる幸せを完全に手に入れていないからかもしれない。
「ゆきちゃん大好き」
現時点で、雪はナツキと同じような熱量を持って応えてやることができない。
だから、なんて返していいのか戸惑う。
けれど、それはナツキも理解している。
だから雪に『口説いてもいいか』と質問したのだ。
ナツキはそんな雪をまた腕の中に抱きしめる。
その感覚を噛み締めているかのようだった。
雪は不慣れながら、その背に手を回す。
ナツキの微かな呼吸の音と、人肌の温もりの心地よさを感じる。
何よりナツキの匂いがした。
清涼感のある微かな酸味と甘味と、ほんの少しの苦味含んだ匂いだった。
それが、ナツキの匂いなのかそれとも香水の匂いなのかは分からない。
ただ、胸の奥が熱く滾るような感覚がした。
「…そうだ」
人と人が触れ合うと、こんなにも安心して、暖かい気持ちになるんだと雪は初めて知った。
「?」
雪が声をあげたので、ナツキは腕を緩めた。
雪は、ポケットの中からスマートフォンを取り出す。
「ゆきちゃん…?」
ナツキは、スマートフォンを持っていないと言っていた雪を思い出して驚く。
「連絡先教えて」
世間にはエゴサーチという言葉があるというのを教えてもらった。
大抵の事はわかるとか… 危険な世の中だと思った。
おかげで、ナツキのことを探すことができて、こうしてコンサートに来ることができたので、全部を非難する事はできない。
「なっちゃんを探すのに必死に覚えたんだ」
気が緩んだ雪に名前を呼ばれたナツキはドキリとした。
「いいよ」
ナツキは、そういうと簡単に操作をして雪に画面を見せた。
「はい」
雪は、ナツキからそれを受け取ると、自分のそれとナツキのそれを必死に見ながら、不器用に操作をしていた。
その必死な姿が、堪らずに愛らしいと思うナツキは、思わずその横顔を眺めて、どうしようもなく悪戯をしたい気持ちに駆られる。
「うわぁっ!」
ナツキが雪の耳を甘く喰む。
雪は驚いてスマートフォンを落っことしそうになって、ナツキを見る。
「何してんだっ」
驚いている表情も、突拍子もないことをして困惑する表情も、全部がいじらしい。
「ペロペロしただけ」
「…」
さも当然のことのように言ったナツキに何も返さず、雪は指を動かした。
早く連絡先を登録した方がいい。
ナツキは、必死な形相の雪をただただ、じっと見つめていた。
悪戯されるのも厄介だが、沈黙されてずっと見られるのもなんだか緊張する。
「…はい。ありがと」
雪が操作を終えて、ナツキにスマートフォンを返す。
「ねぇ『@明雪』って何?」
雪の名前が表示されて、本名が表示されている。
その隣に@がついているのが、すごく意外だった。
「それは俺の法名」
「…ふーん」
法名というのは、仏弟子になったときに授けられる名前で、戒律を守って修行を行うための証として受ける名前だ。あだ名というわけではない。
ナツキは、それを理解したのかしていないのかわからないが、それがどんな意味であれ、気にしていない様子だった。
「送ってみてよ」
ナツキがそれを受け取って、言われた通りに何か意味のないメッセージを送る。ナツキのスマートフォンが次の瞬間に震えて、メッセージが表示される。
こういう時は何か絵文字のようなものを送るのが普通なのだが…
「…ふふっ」
雪は『河童橋雪』という、自分の名前を送った。
そのメッセージで、雪の人柄と愚直な性格が表現されているみたいで、ナツキは思わず笑ってしまった。
「何?」
「…なんでもない」
ナツキの中に雪の『可愛い』という思いが一緒に降り積もっていく。
いつか、雪崩を起こしはしないだろうかと心配になる。
チラリと、雪のスマートフォンの画面を見ると、父、母、師匠とあと2人くらいしか登録がない。本当に始めたばかりなのだと、ナツキは思った。
「じゃあ、いっぱい連絡していい?」
「いいよ」
良いに決まってるだろ。
だから、連絡先を教えたというのに…
ナツキは一見、無意味に聞こえるその質問でとても安堵していた。
だから『そんなこと聞くなよ』とはいえなかった。
ナツキと雪はポケットにスマートフォンをしまった。
「ゆきちゃん、一緒に駅までいこ」
「うん」
コンサートホールから、駅までの道のりを並んで歩くことにした。
もちろん、ナツキは車道側を歩いていた。
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