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俺は正義の味方でも悪の組織の一員でもなかった。あくまでも傍観者。
とにかく俺は他人がどうでも良かった。友達が要らないわけではないが、相手がそれを望まないのならそいつと友達になることもない。
「なぁ、宮下〜!めちゃくちゃ迷うんだけどどうしよう…定番唐揚げ定食か、それとも今週限定のガパオライスか!」
定期テストの合計点数で久々に俺に勝ったことに気を良くした大響(だいき)は券売機の前で一人騒ぐ。
後ろには何人もの生徒が並んでいる。
「…いいから早く決めろ。どうせ買うの俺なんだから」
そう急かすと"じゃあありがたくいただきますね〜"と躊躇なく『唐揚げ定食』を押す。
…一番高いやつじゃねーか。
今回ばかりは目を瞑ることにした。
「宮下!こっちこっち!」
声のする方を見るといつもの明るい茶髪が目に入る。
大響の前の椅子を引き俺も腰掛けた。
「んじゃ、いただきまーす!」
「…いただきます」
大響は早速唐揚げを頬張る。俺はいつものように味噌ラーメンを啜る。
「いっつもそれだけど、飽きないの?」
「飽きない。つーか他の選択肢を考えるのが面倒」
千切りキャベツを掴む箸を止め、目を丸くした大響が顔を上げる。
「お前ほんと…なんつーか、極端に"最低限"だよな…」
構わずいつもの味を噛み締める。いや、噛み締めてはないな。
大響の箸はなかなか動き出さない。まだ何か、と思い大響の方を見ると、少し体を倒し顔を顰めている。俺の後ろを覗いているようだ。
振り向くと、いつもの光景があった。
同じクラスの奴らだ。あの大柄な奴と、キツネ顔の奴と、赤髪の奴。あとあの白髪の細身の…確か名前は…
「羚(れい)、また虐められてんじゃん…」
そうだ、紀野羚。
なにやらまた遊ばれているようだ。
3人が紀野の前にあるラーメンの器の中に、自販機のアイスやお茶を注ぎ入れている。
紀野はされるがまま、3人が己の昼食を台無しにしていく様子を見つめている。
とにかくラーメンが勿体無い。いじめ以前に食べ物粗末にすんなよ…。
「飲めよ。飲めるよな?笑」
3人はニヤニヤしながら紀野を見つめる。
すると紀野はまるで大好物が目の前にあるかのように嬉しそうに笑い、うん!と言ってラーメンに箸をつけた。
全く躊躇う素振りを見せず、禍々しいラーメンを啜る。かと思うと器を持ち上げもはやスープとは呼べなくなった液体を飲み始める。喉仏が美味しそうに音を上げる。
「ひっどいな…」
大響が声をこぼす。3人は満足げにケラケラと笑っている。
俺は体を戻し箸を取った。
「あれっていじめなの?あいつ楽しそうだけど」
「えぇ…まぁ、そうだけどさ、」
「見てて不快。感覚狂ってんじゃないの」
下品な笑い声を背に、またいつものラーメンを啜った。
「あれ、今日部活?」
なかなか教室を出ない俺に気づき、ボールバッグを腕にぶら下げながら大響が尋ねる。
「うん。展示会やるらしくてその番」
「へー!展示会なんてやってんだ、俺も見たかったな」
廊下が少し賑やかになる。ドアの方を見ると、バスケ部のやつらがドアの外から教室内を覗いていた。
「明日もやってるし、明日来れば?」
話を早く切り上げたいがために言ってしまったが、当番制で1人ずつ展示の番をしているだけなので明日俺は部室にいない。
「明日もやってんだ!絶対行くわ!」
思った通り嬉しそうに言う大響に申し訳ない気持ちが募る。申し訳程度だが、教室の外に目をやり、待ってると教えてやると大響はおぉと声をあげバスケ部の輪へ駆けて行く。
「じゃあな!」
手を振る大響に「おう」と手を上げ応じると、爽やかな笑顔を見せ去って行った。
俺もバッグを背負い教室を出て、大響とは反対方向へ向かう。
…つくづく不思議な奴だと思う。
運動ができて勉強もそれなりにできて、見た目だって良い方だと思う。友達なんて選び放題だろうに、ずっと俺についてくることが不思議でならないが、まぁ理解できないわけではない。周りを見れば分かる。口を開けば悪口、妬み、自慢、そんな奴ばっかりだ。
ぼーっと歩いていると『会議室』と掲げられた部屋の前に着いた。扉を引き電気をつける。一応部室はあるが、あの狭い部屋じゃ、展示会をするとなると2、3人入れるかどうかというところだ。だから会議室を借りたようだが、見に来る生徒がこの部屋相応の人数来るとは到底思えない。
壁やパーテーションに部員の撮った写真を展示していく。最後にドアの外側に『写真部』と書いた紙を貼って、もうこれで仕事は終わったようなものだ。
一息つこうとドアの前に設置した椅子を引き、座ると、これが合図かのように早速来展者が入ってきたので驚く。
「こんにちは」
目の前に現れた人物は、うっすらと口角を上げ垂れ目を楽しそうに細めている。
展示会に最初に現れたのは、紀野だった。
すっかり油断していたので「…おぉ」と曖昧な返事をしてしまう。
「…これ、書くことあったら」
形だけの感想用紙と鉛筆を渡す。
「ありがとう」
受け取りそそくさと展示の方へ向かう。
心なしか、紀野の目の色が変わったような気がした。
さっそく入口に一番近い場所に飾った写真を見つめる紀野を横目で窺う。
まじまじと見ているわけではないが、一枚にかける鑑賞の時間が異常に長い。
…やっぱり変わった奴だ。こんなに真面目に鑑賞する奴いるんだな。
と、部員ながら思う。
来展者も暫く来ないだろうと思い、次のテストに備えて勉強でもして待っていようとバッグからノートを取り出す。
スマホに目をやると、『16:13』と表示されている。展示は17時半までだ。さぁ、俺の集中力は何時まで続くだろうか。
何度か目をグッと瞑るが、眠気はおさまらない。
あぁ、やめだ。完全に集中力が切れてしまった。
スマホを取り出すと、『16:55』と表示されている。40分ほどしか潰せなかったようだ。
スマホを置き、伸びをする。すると少し疲れが軽くなったようで、そういえば、と先程までいた変わり者のことを思い出す。
鉛筆も返さず帰ったのだろうか、部屋内を見回すが紀野の姿はない。
まぁ無理もないか。と座り直そうとしたとき、パーテーションからひょいと白髪が現れた。当然のように鑑賞していた紀野と目が合う。
信じられない…40分間写真を眺めて過ごしていたのか…?
しかし紀野の方はちょうどよかったとでも言うように笑みを浮かべ、駆け寄って来る。
「ねぇ‼︎あの写真!どこで撮ったの?!」
「っ近いな‼︎……どれのことだよ!?」
突然顔を近づけてくるから怯む。それにかなりの勢いだ。
紀野は一歩後退り首を傾げる。
「だから、そこの一番下に貼ってある路地裏の…」
紀野が指さした先にあるパーテーションの裏には、俺の撮った写真が何枚か飾ってある。
思わず眉を顰めてしまう。
撮影者は分からないようになっているはずだ。満場一致で匿名で写真を飾ることに決めたのだ。
「お前…あれが俺のって分かったの?」
「うん、その上のもだよね?分かるよ」
紀野は飄々と話す。
俺は何が何だか分からなかった。さっきまで変わったクラスメイトというイメージしか無かったが、ますます謎が深まる。こいつ…超能力者か何かなのか…?
「でも、やっぱ一番下のが一番好きかな。他のは適当に撮ったでしょ」
図星だ、ぐうの音も出ない。
「…適当で悪いかよ。大体俺、活動日数少なそうっていうだけでこの部入ったから」
すると紀野はニヤニヤと笑いながら
「でも、あの路地の写真は唯一撮りたいと思って撮った写真、ってわけかぁ」
と言うので、途端に目を合わせられなくなる。言い訳を脳内で組み立てていると、先程の面白がるような声とは一転し、紀野は静かに言った。
「勿体無いよ、あんなに綺麗な写真撮れるのに」
え、と顔を上げると、あの3人といるときとは違う顔をした紀野と目が合う。
また目の色が違う。
「…なんだよ、お前……」
すると今度は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「あ、…僕も一応絵描くのとか好きだからさ、こういうの加減なしに鑑賞してすごい口出ししちゃうんだ、嫌だったらごめんね」
紀野のころころ変わる表情を見たり、その言葉を聞いているうちに、なんだか面白くなって俺は思わず吹き出してしまった。紀野は少し驚いた表情を浮かべる。
「……ふはっ笑
褒めたと思ったら謝ったり…紀野って案外面白い奴なんだな笑」
紀野は俺の顔を見ると、そうかなと言って安心したように笑う。
そして何かに気づいたように、あ、と呟き、手に持っていた感想用紙を差し出す。
「これ、部員の皆と読んでね!…じゃあ、一周できたし、僕そろそろ帰ろうかな」
「おう」
紀野はドアの方へ向かう。さっと用紙に目をやると、勢いのある字で『これからに期待!のびしろしかない!』とだけ書かれているので口角が上がってしまう。
あんなに芸術に関心ある癖に、具体的なアドバイス無しかよ笑
まるでピエロの裏の顔を見たようだった。
ふと我に帰り、自分が今展示会の番をしている最中であることを思い出す。
閉展時間まであとどのくらいか確かめようと、スマホに手を伸ばしたとき、紀野がドアの前で立ち止まるのが目に入った。
顔を上げると、紀野の顔は西日に照らされていてよく見えなかったが、確かに動いていたのだ。
"俺"を否定する口の動き。
紀野の口は俺の大嫌いな音を奏でた。
「またね、亜海くん」
そう言って紀野は去っていった。呆然と誰もいないドアの前を見つめる。
さっきまでの高揚感は一瞬にして消え失せてしまった。
俺は女みたいな自分の名前が大嫌いだった。
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