アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2
-
…
……
「……や…た…!…みや……!」
次の瞬間右肩に衝撃が走る。
思わず、わっ、と声が出る。
「宮下どうした?!起きてる?」
右を見ると心配そうに眉間に皺を寄せる大響の姿があった。
「うん、起きてる…」
そう答えると何故か大響はつまらなそうな顔をする。
「珍しくない?宮下がこんなボーっとしてること。昨日なんかあった?」
あったと言えばあった…のだろうか。
昨日あれから暫く会議室で考えていた。
もちろん不意打ちで紀野に名前を呼ばれた件についてだ。
大体下の名前で呼ばれたときには上の名前で呼ぶようお願いするのだが、昨日は去り際に言われたためこれを伝えることができなかった。
それに、まさかあの紀野が上であろうが下であろうが、俺の名前を覚えているなんて全く思っていなかったので、完全に油断していた。
「…いや、別に何も」
「今めっちゃ間あったじゃん、絶対何かあったでしょ」
問い詰めてくる大響だが、このことは話さないでおこうと思った。
あれから1日経った今日も俺の頭を悩ませる。
ただ単に下の名前を呼ばれただけならばこんなに悩むことはないのだ。
何故か紀野に下の名前で呼ばれるのは疎ましくなかった。
一番親しい仲であるのに上の名前で呼んでもらっている大響にこれを言ってはいけないと、頭の中の俺は主張している。
どう誤魔化そうかと考えていると1限の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
険しい表情を浮かべていた大響だが、すくっと立ち上がり、自分の席へ戻る。
バレない程度に、大きく息を吐き出した。
はぁ…何故こんなにもやもやするのか…。
悩みの種の方へ目をやると、机に突っ伏している。
こっちの気も知らずに…紀野の奴め……。
1限担当の数学科の教師が入室し、号令を強要する声が聞こえると、さっと体を起こす。
授業中も紀野は至って普通だった。授業中は大体斜め後ろの席に座っているキツネ顔のやつに消しカスを投げかけられていたが、これがいつもの風景だった。
ただ大響だけは似つかわしくなく不機嫌で、4限が終わっても素っ気ない。「宮下食堂行こう」と声をかけてはくれたが、それ以外無言の大響と一緒にいるのは面白くなかった。
俺は観念して無心でカレーライスを掬う大響に言う。
「は〜…分かった話すって…」
大響は目だけ上げる。俺は声を顰める。
「昨日展示会に紀野が来て、少し話した。それだけ」
大響はスプーンから手を離す。
「…絶対それだけじゃないって。
てか、なんで羚が出てくるわけ?」
「だから紀野が来たからだってば…。
普段話さないし、…あいつ変わってるし、急に話しかけられたから教室でどんな顔してれば良いか考えてただけ。はい、これで満足かよ?」
食い気味に押し返してしまったが、大響は少し納得してくれたようで、
「……そう。宮下がそこまで言うならそうなんだな。…なんか、疑って悪かった」
と言った。
「あ〜、…その展示会の話だけど、俺も今日行くからね」
俺は…しまった!と心の中で頭を抱える。
昨日の俺……何やってんだ…!
「あぁ、えっと…それなんだけど、…俺今日当番じゃないから、いない…」
すると大響は目を大きくして
「は?!聞いてない!ダメダメ!仲直りとして一緒に来ること!宮下いないと意味ないから!」
と言った。
仲直りって…別に喧嘩したつもりはないんだけどなぁと思いながら、渋々了解する。
まぁ来てくれると言ってくれた人を置いて帰れるほど、俺も薄情な奴じゃない。それに今断ったら大響が何をしでかすか分からない。
先に皿を返しに向かった大響を追い、スープだけになったラーメンの皿をお盆に乗せ席を立つ。
お盆を持ち上げ前を向くと、あの白髪を揺らして、紀野があちら側から向かってくるのが見えた。あの垂れ目が俺を捉えた。
手には割り箸。もらい忘れていたのか、落としたのか、そんなことはどうでも良い。
少し悩んでから、俺は気づかれないよう俯いて歩き始める。
ついに紀野とすれ違うというところで一際力強く足を出す。
お盆を返却口に置いて、息を吐き出した。
昨日のような調子で話しかけられると思っていた。
なのに紀野ときたら、いつもとなんら変わらない様子で通り過ぎるのだから、昨日の出来事は夢だったのではないかと思ってしまう。
俺が食堂の真ん中で、色目で見られている紀野に話しかけられたくないと思っていたからだろうか。紀野はそれに気づいて…?
大人びた対応をした紀野に無性に腹が立つ。
…いや、自分の腐った人格を目の当たりにして苛立っているだけかもしれない。
出口で待っている大響のもとに駆け寄り、食堂を後にした。
「えっと…5枚、かな」
「おっけー!あ、どれが宮下が撮ったやつか言っちゃダメだよ?俺がまず当てるから!」
やれやれ、本当に忙しい奴だ。さっきまでの剣幕はどこへやら。
放課後になるとすっかり大響は機嫌を直していた。
会議室に入ると、今日が当番の女子部員が壁に写真を貼っていた。
彼女は俺達を見るや否や、驚いたように飛び退く。
「あ、あぁあ宮下くん!なんで⁈今日は私の当番のはずじゃ……!」
俺が何からツッコめば良いのか考えていると、大響が先に口を開く。
「あー、宮下は俺の付き添いで来てもらっただけだよ?」
大響はまだ準備中かぁと呟く。
すると何かに気づいたように女子部員はこちらを振り返った。
「あ、あの、ドアに貼る紙って、…」
暫く考えてから、思わずあぁ〜…と情けない声を上げてしまう。
昨日は当番の後誰かさんのせいでボーッとしていたため、部室に置いておけば良かった張り紙を教材と一緒にロッカーに入れてしまったのだ。
「ごめん、多分教室に置いてきたわ…。今からダッシュで取ってきて良い?」
すると大響があからさまに嫌そうな顔をするが、女子部員が
「じゃあ、お願いするね…!」
と言うので、それがよーいドンの合図だった。
バッグを置いて駆け出したが、教室に一番早く着く東階段はどこかの運動部がトレーニングに使っているようで、通りにくそうだ。北階段から登ることに決める。
北階段から教室に向かうと、空き教室や準備室の前を通るので都合が良い。
3階まで駆け上がると、流石半帰宅部、息があがって歩くしかなくなる。
己の息遣いと足音とが静かな空き教室通りに響く。
それ故に気づいてしまったのだ。
"おかしな"音に。
空き教室を通り過ぎたとき、漏らすまいと堪えて、しかし耐えきれず吐き出されたような、短い呻き声が聞こえた。
ビクッとして足が止まる。
廊下で立ち尽くしていると、微かではあるが、次々と聞こえていなかった音が聞こえるようになる。
机が退けられる音、荒い呼吸、肌の打ち付けられるような音、上擦った声。
その声が胸に引っかかった。
嫌な予感がする。
ひとまず音を立てないよう細心の注意を払い、ロッカーに入れていた張り紙を取り出す。
おそらく、直ぐに立ち去るのが正しいのだろう。
だが正義に化けた好奇心に、打ち勝つことができなかった。
空き教室のドアの側に立つ。
中を覗いたらすぐ階段まで走ろう。
プランを頭に思い描く。
覚悟を決め、ドアの窓を覗いた。
目に飛び込んできたのは赤と白だった。
予感が当たってしまった。
薄暗い部屋の中に、シャツがはだけたまま床に横たわる紀野がいたのだ。下半身が露わになった紀野に馬乗りになっているのは、あの赤髪の奴だ。大柄な奴とキツネ顔の奴もこちら側に背を向けて、動画を撮っている。赤髪の奴は理性を失い必死に上下運動をし続けているため、こちらには誰も気づかない。
自分の足ではなくなってしまったかのように止まってしまった足を、なんとか動かそうとする。
去ろうとしたとき、顔を赤くした紀野がこちらを見上げた。
目が合う。
きっと俺は、まの抜けた顔をしているに違いないだろう。
そして紀野は力無く微笑んだ。
反射的に俺は駆け出す。
無我夢中で2階まで駆け下り、そこでしゃがみ込んだ。
「はぁ……はぁ……なんだよ、あれ…!」
思わず声に出る。そしてさっきまで気づかなかった、自分の鼓動の速さに驚く。
カメラ回してたし、絶対あれ性処理道具にされてるよな…。
さっきの光景が頭に焼き付いて離れない。
情けないが、恐怖心に襲われたのだ。
ただ快感だけを求めて体を震わす人間を、初めて目の当たりにした。
しかしそれとともに、以前にも感じたことのあるような、名前の分からない気持ちが湧き上がったのを覚えている。
思い出して口角が上がる。さっきからずっと自分の体ではないようで戸惑う。
気持ちが悪い…。
顔を覆いながら呼吸を整えていると、はっとした。
分かった。あのときと同じなんだ。
あの路地裏の写真を撮ったとき。
適当に写真を撮って済ませようと歩いていると、通学路にある普段はしっかりと見たことのなかった路地裏の雰囲気に何故だか妙に惹かれて、ドキドキしたのを覚えている。
あの紀野の笑顔。
苦しそうで、辛そうで、でも楽しそうで、うっとりしたような笑顔を、俺は"美しい"と思ってしまった。
写真に収めたいと思った。
また怖くなる。
次は自分にだ。この体の中に醜い欲望がどんどん広がっていく。
すっかりこの体が自分のものではなくなってしまったかのような感覚で、手すりを掴んで立ち上がった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 22