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「こんにちは!」
紀野が大きな声で挨拶すると、イーゼルの前に座っていた短髪の女子生徒が振り返った。
「あ、やっほー羚!……?あれ、その子は…?」
不思議そうに俺を見る。
「同じクラスの宮下亜海くんです」
紀野がそう言い、軽く会釈をすると、彼女は目を見開いて握っていた筆を落とした。
「え、え?!待って、羚の友達?友達ってことだよね?!」
凄い勢いで尋ねてくるものだから、反射的に頷く。
すると彼女は紀野を引き寄せ抱きしめた。
「羚〜〜!!!良かったねぇ!
ほんと、私……羚が友達連れてくるなんて…ほんと、良かった…」
紀野は泣き出した彼女を半ば面倒くさそうに座らせる。
随分と感情豊かな先輩がいるものだ。
「ありがとうございます、ちょっとその話は後で良いですか……。亜海くんと話したいことがあって…」
鼻を啜りながら彼女は頷き、奥の空いている席を指さした。
美術室にいるのはあの短髪の女子生徒と、他に数人が何人かごとに固まって座っている。
時折笑いが起きたり、話すには程よい賑やかさだった。
俺たちは奥の席に座る。
「…紀野って美術部だったんだな」
だから展示会であんなに熱心に鑑賞していたのかと、一人で納得する。
「…うん、そうそう。で、昨日のことなんだけどさ」
早速、というように紀野は体をこちらに向けて話し始める。
俺も体を紀野の方に向け、座り直す。
すると紀野は両手を合わせて、顔を下げた。
「お願い‼︎誰にも言わないで欲しい‼︎」
俺はそのとき妙に安心した。
紀野のことだから、後ろめたさなど微塵も無いのかと思っていたがそうでも無いようだ。
「わ、分かった…。
あ…ごめん、紀野…悪いんだけど、俺昨日大響に言っちゃった……」
ヌルッと謝ってしまったが、紀野は
「あぁ、大響くんは亜海くんと仲良しだから大丈夫」
と、特に気には止めず言った。
何が「大丈夫」なのかさっぱり分からないがまぁ彼自身がそう言うのなら良いか。
「なぁ、…あぁいうこといつもしてるの?」
声を顰めて尋ねると、紀野は少し考える。
「えっと、…不定期、かな。
佳(けい)がしたいって言ってきたとき」
佳…あの赤髪の奴か。
「昨日はさ、あの2人も一緒にいたじゃん。でもいつもは佳と2人きりなんだよ、帰ったと思ったらあの2人が戻ってきて、見られて……」
一度話を止めるよう、紀野の前に手を出す。
…どういうことだ?
こんがらがった頭を整理する。
「ちょっと待って、じゃあ、同意の上でしてたってこと?…てっきり俺、無理矢理されてるんだと思ってた」
紀野は苦笑いを浮かべる。
「う〜ん…最初は無理矢理だったよ?
でも佳、いつもするとき泣くの。ごめんって言いながら。だから佳には僕がいないとダメなの」
"僕がいないとダメ"…か。
紀野は話し続ける。
「でも昨日あの2人にバレて、佳すごい辛そうだったんだよね。
…ねぇ亜海くん、どうすれば良いと思う?」
垂れ目が真っ直ぐに俺を見つめる。
鼓動が早まるのを感じる。
昨日の紀野と重なり、体が動かなくなる。
「ごめん、亜海くんに聞くことじゃないね」
弱々しく笑い、紀野は立ち上がった。
そのまま何処かへ歩いて行くので焦ったが、さっきの女子生徒が「羚、画材取りに行っただけだよ」とすこし遠くから教えてくれた。
すると彼女は筆を置いてこちらへ歩み寄ってくる。
「宮下くん、だっけ?
名乗ってなかったね。私は鶴屋歩晴(つるやあゆは)。一応ここの部長なんだ」
そう言いながら彼女は俺の向かい側の席に腰掛ける。
「羚、結構変わってるでしょ」
そう言われ、少し考える。
「…そう、でしょうか。
なんか話していると案外普通の男子高校生なんだなって思ったりしますよ。
…まぁ、確かに不思議な奴ですけど」
彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
また瞳が煌めいている。
「そっかぁ。…安心した。君みたいな友達が羚にもできて」
"友達"ねぇ…。
まだ二度しか話したことないけど。
まぁいいか、さっき俺も頷いちゃったし。
「私さ、中学のときから羚のこと見てたんだけど、中1のとき色々あったんだよね」
なるほど、中学の頃から知り合いなのか。
彼女から溢れ出る紀野への母性とも取れるような愛情に納得する。
「それからあの子あんな感じなんだよね」
「……あんな感じって?」
「う〜ん…、なんか、他人優先な感じ?
頑固なとこあるし理解し難いとこもあると思うんだけどさ、仲良くしてあげて欲しいな」
優しく微笑む彼女を見つめていると、紀野が戻ってきた。
訝しげな顔をして言う。
「歩晴先輩、亜海くんに変なこと教えてないでしょうね」
歩晴先輩は吹き出し、
「変なことって何よ。羚こそ、そんな変な顔しないのー」
と言い顰め面の紀野の肩を叩く。
彼女はそのまま何事もなかったかのようにもといた場所へ戻って行った。
紀野はため息をつき、イーゼルにキャンバスをのせる。
目を見張った。
それに気づいたようで紀野はクスッと笑う。
「抽象画って言うんだよ」
慣れた手つきでエプロンを首にかけ紐を腰で結ぶと、椅子に座り赤色の絵の具を取り出す。
主に赤と黒で彩られたキャンバスには、所々瞳のようにみえる筋と斑点がある。
…圧倒された。
ど素人には理解できない奥深さが、きっとこのキャンバスにいくつも散りばめられているのだろう。
ぼーっと見つめていると、絵の具を混ぜていた紀野がふっと顔を上げる。
「描いてるとこ、あんまり面白くないと思うけど、見てく?」
考える前に口は動いていた。
「見たい」
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