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スヴェンはリキュールの瓶を取り上げた。それから隣に並んでいた密封式のステンレスボトルも。
空のグラスを満たす割合は3対1。バニラの匂いはモカが強いインスタント・コーヒーに宥められるが、おかげでがつんとしたアルコールは喉をするりと滑り落ち、胃で燃え広がる。4分の1ほど流し込むことで、スヴェンはようやく、無数に浮かんできた不用意な言葉を蒸発させることが出来た。
「恋人は幾ら何でも……」
「そんなことないよ」
とジャック本人は笑い混じりに返したつもりだろう。試みはきつく寄せられた眉根のせいで、見事に失敗する。
「そんなことない。あなたは立派な人じゃないか」
そう吐き捨てて、ふっと逸らされた顰めっ面は、随分と子供っぽい。もしも彼が、自らと出会うずっと昔、よくこんな表情を浮かべていたのだとしたら、それは非常に惜しいことだとスヴェンは思った。
「それに、良い人だし」
「褒め殺しても何も出ないよ。写真くらいは撮ってあげてもいいけど」
ジャックはこちらを振り返った。見開かれた目は、まだ男を知らない少女のようにも、女を知らない少年のようにも見える。
だが口をついて出た言葉に、一番驚いたのはスヴェン自身だった。
ジャックは美しい青年だ。それは以前から知っていた。寧ろ今まで、どうして思いつかなかったのだろう。
この何日か、一つ屋根の下で暮らし、自然と彼へ注視する機会が増えていた。それまで己は、別の存在を追っていた――頭上で眩しく輝く存在が消え失せた今、ジャックは自ら光を放つ。
そのことに、本人は全く気付いていない。今もわっと場違いな笑いを弾けさせながら、その場でひっくり返ってしまう。
「『ヴォーグ』御用達の写真家に撮ってもらえるの? 僕、凄いこと言われてる!」
「君はハンサムだし、身長はそこそこだが、とても均整のとれた体つきをしてる。さぞかし写真うつりがいいだろうね。アーニーの知り合いに、この業界へ誘われたことはない?」
「ないない、大体、そんなこと、アーノルド父さんが絶対許す訳」
ふっふっと薄い腹筋を震わせながら、首が振り立てられる。ほんの目と鼻の先で目映げに輝く庭園と違い、ここを流れる空気はひんやりしたものなのに、彼はこめかみへ汗を浮かせていた。
「それに、僕もどうせ家業を継ぐなら、ライオネル父さんの方がいいなって」
至って真っ当な考え方。賢い頭を持っているのに、わざわざ馬鹿扱いされる必要はないのだ。このままビジネス・スクールを卒業すれば、彼は一族の持つコングロマリットで立派に活躍していけるだろう。
「そっちが、君の欲しいものか」
「欲しいもの?」
彼のまともさに感心しつつ、少し意地の悪い物言いをしてしまう自らを、スヴェンはすぐさま反省した。幸い、ジャックは皮肉を飲み込みきれなかったようだ。ぐにゃりと背もたれに身をしなだれかからせ、思案する瞳は、輝きを増すのと比例して焦点を失っていく。
「ううん、どうだろう……自分の欲しいもの……とりあえず今は、お酒」
抱えていたグラスにはまだ半分ほど入っていたが、一息で空けられてしまう。
「今さっき混ぜてたのって、コーヒー?」
「そう。混ぜるとカラヒージョってカクテルになる」
「僕にも頂戴」
起き上がろうと努力はしたのだろう。だが結局上半身はサンラウンジャーとべったり仲良く、腕だけが高々と掲げられる。
分厚いグラスが力ない指から滑り落ちる前に、スヴェンは取り上げた。コーヒーを幾らか多めに流し込みながら漏らしたのは、胃を膨張させる液体ではなく、呆れによる息だ。もっとも、こちらは強い酒が作るものと違い、不快感など微塵も伴わない。
「これだけは言えるが、人のものを欲しがるのは、子供のすることだぞ」
こしらえられたドリンクを受け取る時、ジャックは辛うじて片眉を吊り上げ、心外さを表明することに成功したという有様だった。
「たまたまだよ、偶然、望みが重なっただけ」
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