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「よぉ、リンデル。生きてっか?」
お頭は、じわりと口端を上げて、僕にそう言った。
僕はいつの間にかまた寝てしまっていたようで、顔を上げた時には、お頭と僕の間にカースが立っていた。
テントに入ってきたばかりなのか、入り口付近に立っているお頭が、僕とお姉ちゃんを眺めてから、カースに視線を戻す。
カースの前までお頭がズカズカと歩いてくると、カースは顔を少しだけ背けた。
「俺の言いたい事が、分かるよな?」
「……はい」
「なんだ、やけに素直に従うじゃないか」
お頭はちょっと驚いたような顔をして、それからククッと喉の奥で笑うと
「お前が俺の言う事何でも聞くってんなら、そっちの二人には手を出さねぇって約束してやるよ」
と、心底楽しそうに、眼を細めて言う。
カースの背中を見ていた僕には、カースがホッと背と肩の力を抜いたのがわかった。
「じゃあな。せいぜいゆっくり休んでろよ、リンデル」
お頭は、僕に目を合わせて、口端だけでニッと笑うとテントを去った。
「……カース、大丈夫?」
僕はなんだか急に不安になって、思わず声をかけてしまう。
「お前が気にする事じゃない」
カースは振り返らずに答えた。
でも……僕達のために……。
僕達のせいで……。
カースが何か、やりたくない事をやらされるのだとしたら、僕は嫌だなと思う。
お昼ご飯の後、お姉ちゃんはカースに連れられてお仕事を覚えに行った。
しばらくすると、カースが一人でテントに戻ってくる。
「あ、おかえりカース。お姉ちゃんは?」
「調理場に置いてきた。夕飯には食べ物持って帰ってくるだろ」
カースは木箱の蓋を開けて、何やら取り出しながらこちらを見ずに答える。
「そっかー。お仕事してるんだね。僕も早く色々覚えたいなぁ」
「……前向きだな」
「うん! 僕のいいところだって、お父さんが言ってたよ」
「そうか……。良い、親父さんだな」
男は少しだけ動きを止めて、わずかに目を細めて言った。
カースはこんな風に、僕たちのことを時々さらっと褒めてくれる。
それがどうにも、盗賊には不似合いな気がして、僕は思わず疑問を口にする。
「カースは、どうして盗賊になったの?」
カースは取り出したものを麻袋に詰めながら答える。
「お前と同じだよ。……こうするしか、なかったんだ」
「僕は違うよ?」
僕の言葉に、カースが初めてこちらを見た。
「僕は、カースが選ばせてくれたから、自分で選んでここに来たんだよ」
「……そんなの、選択肢じゃねえだろ。生きるか死ぬか聞かれりゃ、誰だって……」
「でも、僕が行くって言わなかったら、お姉ちゃんはきっと死ぬ方を選んでたよ」
カースの森と空色の瞳が揺れる。
「それだけ、カースの用意してくれた選択肢は、素敵だったんだよ」
僕は、わざとカースと同じ、ちょっと難しい単語で答えた。
頭の隅に、昨日のゼフィアの言葉が蘇る。
……多分、多分だけど、カースは本当は、自分が拾われるときに、そう言ってほしかったんだろうな……。
僕を、驚いたような顔で見つめるカースに、精一杯柔らかく微笑みを向ける。
「……っ」
カースが、僕から思い切り顔を背けた。
「……俺は、帰りが遅くなるから、夕飯食べたら自分たちで寝とけよ」
そう言って、カースは振り返らずにテントを出て行く。
「いってらっしゃい」と僕はその背に声をかけた。
カースの態度は素っ気なかったけど、男の浅黒い頬が少し赤くなっていたのが僕には分かった。
カースの出て行った後に、扉代わりの布がヒラヒラとその余韻を残しているのを、僕はなんとなく嬉しい気持ちで眺めていた。
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