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おかえり
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夜更けに、男が足を引き摺るようにして自身のテントへ戻った時、少年は男のベッドで眠っていた。
「……なんでだよ。お前の寝床はこっちに用意してるだろ……」
小さく呻きながら見た、姉の横に並べておいた少年のためのベッドは、やはり空いている。
かといって、俺があそこに寝るわけにもいかないだろう。
まだ小さいとは言え、レディーの隣は流石にいただけない。
「はぁ……」
男は痛む体を堪えつつ、少年の隣に腰を下ろす。
下腹部へ響いた振動に、苦々しく眉を寄せた。
反射的にさっきまでの情事を思い出しそうになって、かぶりを振る。
こちらが断れないのをいい事に、あいつめ、無茶苦茶しやがって……。
堪えきれなかった悔しさに、ギリっと鳴った奥歯の音。
そう大きい音でもなかったにもかかわらず、少年がふっと目を開いた。
「カース? おかえり……」
その目が開いて初めて、男は、自分が少年の顔をずっと見ていた事に気付いた。
「あ、ああ。ただいま……」
反射的に答えてから、ただいまなどと口にしたのはいつぶりだろうかと思う。
そういえば、この少年は昼頃ここを出る際にも「いってらっしゃい」と口にしていた。
自分のことで精一杯で、それに答えなかった事を、男は今頃になって不甲斐なく思う。
「……俺を、待っていてくれたのか」
思わずこぼれた言葉に、男はハッと自身の口を手で塞ぐ。
が、一度口から出た言葉は、もう戻せなかった。
「い、いや……その……」
「うん、待ってたよ。カースが帰ってくるの」
少年が、ふわりと微笑んだ。
男がその微笑みに魅了されていると、少年は少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「でも、途中で寝ちゃった。僕、昼間もいっぱい寝てたから、起きてられると思ったんだけど……」
伏せられてしまった金色が酷く淋しくて、縋るように、カースは指を伸ばした。
するりと目元に触れられて、少年の金の瞳は大きく揺れ、男を見上げた。
「……カース?」
「……」
しばらく無言で見つめ合う。
先に我に返ったのはカースだった。
「あっ、いや、悪い。急にーー」
慌てて引っ込めようとした手を、少年が強く握った。
「いいよ。僕。カースに触られるの、嫌じゃないよ」
「……っ」
言葉とは裏腹に、少年は酷く悲しそうな顔をしていた。
どうしてリンデルがそんな顔をするのか、カースには分からない。
ただその悲しげな瞳を見るのが苦しくて、男は目を逸らした。
ガサガサと音がして、少年がベッドの上に立ち上がったのが分かる。
まだ振り返れずにいる男へ、リンデルが手を伸ばした。
夜風にさらされ冷え切っていた男の頬を、少年の温かい手が優しく撫でる。
誘われたようで、男がぎごちなく振り返ると、少年はもう片方の手を反対の頬に伸ばす。
リンデルは、両手で男の頬を包むと、ふんわりと花のように微笑んだ。
「ど、うして……」
カースの喉から、掠れるような僅かな声が漏れる。
「?」
少年が、キョトンと首を傾げる。
少し見開かれた瞳が丸くて、月のようだと男は思う。
しばらくの沈黙の後、男が続けた。
「どうして、お前は、俺に触れるんだ……」
「えっ、カース、触られるの嫌だった?」
問われて、少年が慌てて両手を離した。
離された頬が、急速に熱を失う様に、息が苦しくなって男は戸惑う。
「……い、嫌じゃ、ない……が」
「が?」
少年が、可愛く小首を傾げた。
「他の奴に触られるのは、ごめんだ」
言ってしまって、男は軽く絶望する。
自分は、こんなに軽々しく心の内を晒すような奴ではなかったはずだ。
それなのに、この少年にだけは、易々と胸の内を見せてしまう。
自覚してしまうと、もう顔が赤くなるのを止められない。
「…………っ!」
男は、勢いよく少年に背を向けた。
ドッと何かが落ちて、ガササと藁の音がする。
男が背を向けた勢いで、長い服の裾に叩かれた少年がベッドに尻餅をついた。
「あっ……んっ……」
傷が傷んだのか、少年が甘く嬌声を漏らした。
男はわずかに肩を揺らす。
その声に、自身が反応してしまった事が、男には信じられなかった。
それと同時に、背後の少年のこんな声を、あの男はどれほど聞いたのだろうかと思う。
こんな……。こんなに、蕩けるような、甘い声を……。
全ては、自分がかけた術のせいだ。
間違いだらけの人生を選んでしまった男は、ここでまた、自身が大きな間違いを犯した事を痛烈に悔やむ。
ギリリと軋んだ男の歯の音に、少年は心が痛んだ。
またこの男は、一人きりで何かに耐えようとしている。
多分、ここに帰るまでも、ずっと我慢していたはずなのに。
少年は気付いていた。
カースの匂いが、今朝とは違う事に。
昨日、たっぷり少年に染み込んだゼフイアの少し煙いような毛皮の匂い。
それと同じ匂いが、今のカースからは漂っていた。
「カース、こっちを向いて?」
男は背中にかけられた声に、びくりと肩を揺らす。
それは甘く誘うような、柔らかな囁きだった。
「ね、その綺麗な眼を、見せてほしいんだ……」
懇願するような少年の声に、男の心拍数が上がる。
なぜこうも、俺のほしい言葉ばかりを紡げるのか、その口は。
ドクドクという心臓の音がやたら耳元で聞こえた。
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