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叶 ~side~
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家に着き、安堵と共に…少し苦しくなった。
二人の写真や生活感、それら全てが…現実を突き付けてくる。
龍も固まったまま動かないで居るし…
〔………。〕
[あー…やっぱり仕舞って]
〔いやいや、このまんまにしようよ。寧ろ俄然燃える。〕
[は?]
〔今の俺は確かに記憶は無いよ、けどなんだろ…俺だけど俺じゃないから、こう…腹立つ!…みたいな?〕
[………。]
ここまで来ると流石に俺も呆れてくる。
溜息を吐きながら、頭を乱雑に掻き毟る…
俺は馬鹿だな。
こんな事でへこたれる奴じゃないって、知ってるくせに…
〔それにさ、これも思い出でしょ?〕
[………。]
〔記憶戻すのにうってつけじゃん!〕
[お前…どこまでもポジティブだな…]
〔そりゃそうでしょ!こういう時だからこそ、ポジティブが一番!〕
[それもそうだな…]
〔よし!取り敢えず荷物片付けるね!〕
自分の荷物は後回しにして、俺の荷物を開け始めた。
こいつの部屋…あんまり入った事無いけど、大丈夫だろうか…
[なぁ…た…日下。]
〔んー?…ってか、普通に名前で呼んでよ…なんか気持ち悪い。〕
[気持ち悪いって何だよ…こっちは真剣に…っ…]
〔うん、分かってるよ…叶先生は無理しなくて良いから。〕
[………じゃぁ…た、つ…]
〔ん?なぁーに?〕
[……お前は、無理してないか?]
〔………。〕
[ずっと笑ってるけど、俺にだってお前が無理してるのとか…分かる…し…]
〔………。〕
呆けた顔をした龍は、暫くすると嬉しそうに笑った。
ゆっくりと立ち上がって…優しく俺を包み込んだ…
[ちょっ…]
〔ほんとはね…悲しかったんだ…〕
[………。]
ポツリと吐き出された言葉が、理解できずに頭に響いた…
悲しい…?
〔こんなにも叶先生の事が好きって気持ちがあるのに…何も思い出せない。叶先生も悲しい顔するし、その度に張り裂けそうなくらい痛くなる…〕
言葉と同じくらい、抱き締められる力が強まった…
〔ごめんね…忘れちゃって…〕
[……別に、んなことどーだっていい。]
〔え…〕
[お前は、記憶が全てだと思ってんのか?]
〔そ、んな事ないけど…〕
[死んだわけじゃねぇんだ…つか、もう二度と階段から落ちんな。]
〔う゛っ……〕
[良いか、一度しか言わねぇからよーーく聞け。]
〔はい…!〕
[俺はお前が隣に居てくれれば、何だって良い。ちゃんと五体満足で、いつも通り笑って……もしまた俺の事を忘れても、お前が生きてりゃそれで良い。]
〔叶先生……〕
[分かったか!!分かったんならとっとと離れろクソガキが!!!]
〔はいっ!!!〕
強制的に龍を自分から引き離し、荷物の整理を開始した。
まぁ…今のを真羅に聞かれてたら…きっと怒鳴られてたんだろうな。
なんせ、自分の為になる事が一つも入ってねぇんだから…
お互いが荷物整理を終え、夕食の支度を始める。
退院したばかりだし…俺が作ろうと思ったのだが、食材を切る前から龍に止められた。
〔気持ちはありがたいけど、叶先生が怪我するくらいなら俺が作るし、何だったらこれから先ずっと俺の料理食べる役になって欲しい切実に。〕
[お、おぉ……]
〔叶先生、猫の手って…知ってる?〕
[猫の…手…?ことわざの?]
〔アッウン、何でもないよ〜…さ、座ってて〜。〕
促されるまま、ソファーに座り…テレビを眺める。
キッチンからは龍が食材を切り始めた…心地良いリズム…
-〔かなちゃん見て!全っ然切れてねぇ!!〕-
-[はぁ!?包丁が悪ぃんだろ!?俺のせいじゃねぇ!]-
-〔いやいや、俺のと見比べてみ??〕-
-[………。]-
-〔あっはははっ!!!かなちゃんマジ最高!!〕-
-[笑うなクソガキ!!]-
嗚呼…思い出す…
固く目を瞑り、額に拳をぶつける。
苦しいのは俺じゃない、あいつなんだから…
せめて俺は平気なフリをして居なきゃならないのに…
〔…せ…叶先生!〕
[あ…わ、悪ぃ…]
〔大丈夫?〕
[あぁ…ちょっと寝不足なだけだ…]
〔………。〕
[そんな顔すんな…大丈夫だから。]
〔本当に?〕
[あぁ…]
〔っ…それならちゃんと俺の目を見ろよ。〕
低く唸るように言い放った瞬間、俺は龍に押し倒された。
眉間にシワを寄せて…今にも泣き出しそうな表情だ…
〔俺のせいなら…言えよ…〕
[龍…]
〔…ごめん、俺…〕
[大丈夫…]
身を軽く起こし、優しく包み込む…
俺は…そんな顔をさせる事しか出来ない。
不甲斐ない自分に腹が立つ。
[なぁ、龍…]
〔…何…?〕
[ごめんな、大人の俺がしっかりしてなきゃいけねぇのに…]
〔ううん、大人とか子供とか…関係無いよ。〕
[………。]
〔叶先生…俺、俺ね…ちゃんともっと考える。〕
お前はもう充分考えているだろ…?
そう言ってやりたいのに、上手く声が出ない。
〔そんで、何度でも叶先生に告白するから…だから待ってて。〕
[うん…]
〔叶先生は、笑っていつもみたいにドンと構えてて。〕
[あぁ…っ…]
〔でも、たまには弱音吐いて欲しい…強がってる笑顔なんか見たくないから。〕
[……っ…]
嗚咽のせいで何も答えられず、黙って頷く事しか出来なかった…
俺のせいだ…
俺が龍を縛り付けている…
待ってて…だなんて、お前には色んな未来があるのに…
卑怯な大人だ…
卑怯な人間だ…
馬鹿な…男だ…
『おーっす……って、何だその顔。』
[真羅…]
『また泣いたのか?』
[うるせぇ…]
朝一番に、真羅と鉢合わせ…見事に腫れた目元は隠せる訳もなく…
『…でもまぁ、スッキリしたんなら良いんじゃねーの。』
[………。]
『この間みたいな死人顔より、全然マシだ…それに、いつものスーツで出勤してるし。』
[そうだな…]
『なんだよ…ヤケに素直だな。気持ち悪ぃ…』
[お前な、言って良い事と悪い事くらい区別つけろよ?]
職員室玄関で、いつも通りの会話をする。
ふ、と…顔を上げると、クラスメイトと仲良く戯れている龍を見つけた。
アイツも目が腫れてる……あの後、やっぱりお前も泣いたんだな…
『叶、行くぞ。』
[おー…って、冷たっ!?何すんだテメェ!]
『職員の皆に質問攻めされたくなきゃ、大人しく冷やしとけ。』
顔面に投げられた濡れたハンカチ…
どいつもこいつも…お人好しが過ぎる。
むず痒さを誤魔化しながら笑い、大人しく言われた通り目元を冷した。
『お前さー、もうちょっと素直になれねぇの?』
[は?]
『どうせいつもみたいに悩んで耐えようとしてたんだろ?』
[………。]
『はい図星〜。』
[テメェ…っ…]
『お前が悩んだ所でどうこうなってたら、今頃そんな顔になってねぇだろ。悩んで悩んで…そんで自ら辛い道選んで、そこにお前の気持ちは残ってるのかよ。』
[………。]
目の前を歩く真羅は、すれ違う生徒達と挨拶を交わしながら…
呟くように言い放った…
それが俺の胸に突き刺さっていく。
『悩むのは人間の性だけどよ、あんまり一人で深く考え過ぎなくても勝手に解決する時もあるし…』
ピタリと足を止め、見上げた真羅…
その先には倉沢が居て、先程の真羅の様に龍へタオルを渡していた…
『周りを頼ってみるのも、案外楽だと思うぞ。』
[…そうだな。]
『ま、お前の事だし…俺はそんなに心配してねぇけどなー。』
[ハハッ……そうかよ。]
『さてと、今日も一日頑張りますか…叶先生。』
[おーよ。]
開けた職員室の扉を潜り、席に着けばやっぱり質問攻めに合った。
今日はスーツ何ですね、とか…
目が腫れてるけど大丈夫ですか、とか…
うるせぇったらありゃしない。
でもまぁ、今の俺には心地良い…
愚かな俺に縛られ、愚かなお前はそれを受け入れて…
その先に見えるものが何なのか…
上等だ、全部見届けてやるよ。
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