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「人魚姫は王子様が大好きで、どうしても彼の心臓に魔法の剣を突き刺せなかったんだ」
「でも、剣を刺さないと……人魚姫は泡になって消えちゃうんだろ?」
深い森のような翠の瞳が悲しげに歪んだ。浅黒い肌に翠の大きな目が印象を残す8歳になる少年、クロム。
その頭を、本の読み手の白い手が撫でた。
「そう。人魚姫は自分の恋より王子様の幸せを選んじゃったんだ。泡になって、消える前に天使たちが人魚姫の優しさに心打たれて、空へ連れて行ってくれた」
「空には海はないよ?人魚姫はどうなる?」
クロムは人魚が泡になる絵で終わっている絵本に小さな手を乗せた。
「雲の中を泳いだんだ。天使たちが彼女に雲を運ぶ仕事をさせた。人魚姫は雨を降らせて、雪を降らせて、土地を潤した。ファーデル国が雪に守られているのは人魚姫のおかげかもしれないね」
王の城に仕える執事見習いの色白の少年ジェリドは、絵本には無い一説を教えながら、不満そうなクロムの頬を指でフニッと突いた。
「……幸せにはなれないじゃん」
「そんな事ないよ。人魚姫は与えられた仕事をたくさん頑張って、次は人間に生まれ変われた。そして大好きだった王子様の生まれ変わりと惹かれ合うんだ」
ジェリドは『人魚姫』の本を閉じて、ふわりと優しく笑った。
だが、翠の目をしたクロムの表情は曇ったまま。どこか納得のいかない様子で椅子から降りた。
「今すぐ、今、生きてる人魚姫が幸せになれないなんて……ひどいよ」
「……そうだね。でも、上手くいかない運命だってあると思う」
そう言って、ジェリドは俯いた。後ろに束ねている金髪が、さらりと肩を滑って輝いて見えた。まるで涙が落ちたように見えて、クロムは慌ててジェリドの肩に手を置いた。
「悲しい話は嫌だ。人魚姫の話はもうしなくていいよ!ジェリド。楽しい話、またしてね!」
「……うん。ハイドルクス王国は少し遠いけれど、フクロウを飛ばして文を送る。クラウス様もダイン様もクロムの事が大好きだから、毎日手紙を書きそうだ」
「……俺、文字は苦手だからちょっとでいい!ってクラウスたちに伝えて」
三つほど年下の、可愛らしい笑顔にジェリドは声を立てて笑った。
明日、この国を出るクロム。彼はこの国では珍しい獣人だった。
獣人とは、獣で生まれ、次第に人の形に成長する種族だ。幼い頃は獣型と人型が安定せず、獣になったり人になったり。大人になるにつれて、どちらの型にも意識して変化が出来る。
獣の性質を持ち合わせているため、寒さや暑さに弱い種族も存在する。人型でいる方が環境に適応しやすいため、獣人は人間の姿で普段の生活をする者が多かった。
ファーデル国では獣人が確認された記録はなく、とても珍しい。
一年中、雪に覆われている北の国、ファーデル国。
海までは少し遠く、深い雪山に囲まれていて攻めてくる敵国も無い。平和な国。
お城も城下町も真っ白な国だった。
本の読み手、ジェリドは金髪だったが、その国は殆どの人間が青い目と茶色の髪、白い肌をしていた。
そんな人々の中でクロムは、目を引くほど目立つ、浅黒い肌に白に近い髪と翠の目をしたイルカの獣人だった。
クロムの母は奴隷として捕まった船から命懸けで逃げ出した。
イルカの獣人の彼女マリンは、クロムを身篭りながらも凍てつく海を渡り、氷上を歩いてこの国まで辿り着いた。
王と王妃は初めて見る獣人に大変驚いたが、美しく、足を失う程の凍傷になりながらも、腹の子のために逃げて来た意志の強い彼女を、とても手厚くもてなした。
数ヶ月後、クロムは無事に生まれ、城では珍しい獣人ということもあり、特別可愛がられた。
歳の近いふたりの王子と共に。
だが、クロムは海がないと生き難かった。普段は人型で人間と変わりない。だが、まだ幼いクロムは、ふとした時にイルカに獣化してしまう。幼い獣人は自身では人型と獣型を制御出来ない。
足を失った母でさえ、王が特別に作らせたプールで1日の半分ほどを過ごしていた。
クロムに至っては、1日中プールで遊ぶ日もあった。
そこで王は、国交が盛んで温かい海のある、東のハイドルクス王国に相談した。ハイドルクス王国は獣人が多く生活してる先進国だ。
獣人はかつて、人間の奴隷のように扱われていたが、その数百年の歴史が嘘のように、対等で良好な関係を百年以上続けている大きな国だった。
「クラウスとダインにお別れ出来なくて寂しいな……王様のおじ様の……お誕生日?」
「80歳の長寿のお祝いだよ。クラウス様なんて、一昨日お屋敷に向かわれる時に泣いてたね」
ジェリドは10歳を超えた歳の第一王子、クラウスが瞳を潤ませていた姿を思い浮かべて、くすくすと笑った。
「クラウス、俺がいなくて寂しいかな?」
「当たり前だよ」
「俺、大きくなったらクラウスの大事な人になりたい!ママは王様に大事にしてもらえて、お妃様といつも楽しそう。毎日『幸せだね〜』って言ってる。俺もクラウスと一緒に寝る時、眠くなるまでずっと髪を撫でてくれて、いろんな話しをしてくれるんだけど、それ、すごく好き」
特にクロムを可愛がっていたクラウスに懐いていた彼は、頬を染め『俺、クラウスのこと1番大好きなんだ!』と笑った。
そんな純粋な笑顔にジェリドは頷いた。
「獣化が制御できるようになったら、必ず戻って来るんだよ。僕も、みんなも待ってるから」
ジェリドはクロムを抱き寄せた。
嬉しそうに笑って、小さな手がジェリドを抱きしめ返す。
「ジェリドも、ダインも、王様も、お妃様もみんな好きだよ!」
「僕もみんなが大好きだ」
ジェリドは頷いた。
今日、小さな彼を抱きしめることの出来なかったふたりの王子の分まで、きつく、強く抱きしめた。
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