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ーーーコンコン。
静まり返った深夜。ヴィルフィーラは控えめなノックに眠たそうに目を開けた。
「おい、ヴィル。入れて」
扉の向こうから聞こえた小さな声はクロムのものだ。
ヴィルフィーラは突然の訪問に目が覚めるほど驚きながら、それでも眠い身体を起こすのも面倒で片腕をトリに変えると羽根を飛ばして鍵を開けた。
「開いてるぞ」
ヴィルの眠そうな声につられてか、クロムは静かにノブを回して部屋を覗いた。
「ふぁああ……何よ?故郷に帰るのが待ち遠しくて来ちゃったの?」
「…………」
あくびをしながら、いつもの調子で同期の親友をからかうヴィルフィーラ。
それに答えず、クロムは部屋に入ってベッドまで歩んだ。薄暗い小さな寮部屋は微かな月明かりだけが頼りだったが、イルカのクロムには関係なかった。部屋の床に落ちているものさえ把握できる。そういう能力があった。
ベッドに寝転んだまま、『ん?』と首を傾げて見せた。
「早く帰りたいのか?でも夜は寒いからさぁ……」
「……帰りたくない」
俯いたままのクロムからの予想していなかった答えにヴィルフィーラはポカンと彼を見上げた。
「あー……なんで?無理だろ。アニキの婚礼だろ??」
「……俺、嘘とかが苦手だから簡単に言うけど、クラウス……っていう、王様の息子で、兄弟みたいに育った人が好きなんだ」
「へぇ……へぇー?!……や、え?どう言うこと?」
さらりと打ち明けてきたクロムの言葉に眠気も吹き飛び、ヴィルフィーラは薄い掛け布をはいで起き上がった。ベッドに座り、クロムの顔を覗くように見上げた。
クロムは唇を引き結んでいたが、ふいっと顔を背けてしまう。
「女っ気ねぇとは思ってたけど……なに、ガキの頃からなの?」
クロムは小さく頷き、固まった。
「……取り敢えず、座れよ」
首を横に振るクロムの手を引き、ヴィルフィーラは強引にベッドへ彼を座らせた。抵抗すると思っていたがすんなりと言う事を聞く様子から、普段のクロムとは違う事を感じる。
手を掴んだまま、ヴィルフィーラは心配するようにクロムへ視線を向けた。
「……どうすんだ?さすがに行かないわけにはいかねぇだろ?」
「クラウスが結婚するのは……いいよ。俺もガキじゃない。血筋を絶やせないし、俺は獣人で男だし……いけない事は分かるようになった」
「……でも、祝えないって?」
クロムは俯いていたが、ハッキリと大きく頷いた。
「ガキじゃねぇって言うんなら、祝ってやってオトナだろ。お前を送るついでに俺も参列するから、頑張れよ」
「…………」
ヴィルフィーラの手がクロムの背中を撫でた。少しも反応しないクロムに、彼は言葉を続けた。
「相手が悪いって。俺もめちゃ美人で良い尻したネコの子、ラティラに三回くらい告ったけど、全部ビンタ返されたぞ」
「……ヴィルと一緒にしないでよ」
「オイ」
「小さい頃、俺のこと一番大事だって言ってくれた。大人になっても一番大事にしてくれるって言った。……好きって言ってくれた。いつも手紙で『会いたい』って。眠れないときは一緒に寝てくれたし、優しく頭を撫でてくれた……」
いつも笑顔を絶やさない、自由奔放なクロムからは想像できない弱々しい告白に、ヴィルフィーラは眉根を寄せて静かに耳を傾けた。
きっと、吐き出した方が楽になると思った。
今まで、誰にも言えなかった事は察しが付く。
「でも、俺はもう可愛くもないし、獣人特有のデカさもある……小さい頃みたいに優しくしてもらえなかったら、怖い……俺はずっと、クラウスのそばにいたいって、思って……ハイドルクス王国で頑張ってたのに」
「……そういや、何年か前の誰か親しい人の訃報にも、少し前の母親の葬式も……行かなかったよな。アニキに会うのが怖いのか」
ヴィルフィーラの言葉にクロムはギュッと拳を握った。大好きな人たちの顔が思い浮かぶ。笑顔ばかり。
甘えてしまう。
「怖いって言うか……帰ったら、ハイドルクスに戻れなくなりそうなんだ。みんな優しくて、ファーデルは居心地がいい」
「んん?なら、帰りたくないなんて、おかしいじゃん」
「そばにいたら、絶対、ますますクラウスを好きになっちゃうだろ。ママはいつも王様に優しくされて、お妃様と仲良しで、お城のみんなに愛されて『ファーデル国に来れて幸せだね』って毎日笑ってた。そんな風に死ねるなんて本当に幸せだろうし、羨ましい。俺は無理だ……大好きなクラウスがどこかのお姫様と幸せそうにしてたら……笑顔で祝える?俺、嘘が下手だ。知ってるだろ」
ポツリと涙が膝に落ち、クロムの白いサルエルパンツにシミを作り始めた。
ずっと自分の『好き』を疑わなかった。だが、成長すればそれは正しいとは言い難く思えてきた。同性であり、一国の王子。
それでも簡単に気持ちを捨てる事など出来ず、ずるずるとここまで来てしまった。
ヴィルフィーラはクロムの泣いている姿を、5年以上一緒にいて初めて見た。肩を震わせ、拳を握る姿に慌てて言葉を探すが、上手くいかずに頭を掻いた。
「帰れない……。俺は、ハイドルクス王国で頑張るんだ。たくさん、この国のために働く。俺、陸や雪の上じゃ役に立たない。ファーデルじゃ……。頑張ったら、生まれ変わって、人間になって、幸せって思えるかも……」
「……なんで?それで最近、先陣切って敵船に乗り込んでるのかよ」
「人魚姫の話、知らねぇの?頑張った人魚姫は生まれ変わって幸せになる」
「はぁ?意気地なしで泡になった半魚の姫だろ?知ってるわ」
「はぁ?!違う!王子様の幸せのために、」
「自分が幸せになれない道を選ぶのはどうかと思うね、俺は。王子の心臓を刺して、次の恋をすりゃあよかった。もしくは悪い魔法使いなんかに頼らねぇで本当の自分で会いに行けばよかったんだ」
クロムの主張を途中で遮るように低く言い切ったヴィルフィーラ。
その視線は強く、クロムは押し黙った。少なからず、その絵本の話にはヴィルフィーラの言ったことが正しいと思う自分もいたからだ。
「クロム。たしかにお前の恋は無理無駄無謀。大人になればなるほど、理由をつけて苦しくなって、向き合えなくなるんだぞ」
クロムは涙で冷えた頬を擦り、ヴィルフィーラの言葉に頷いた。
「アニキはずっと『会いたい』って手紙くれんだろ?手紙、取ってあるの知ってるぞ。お前の部屋の箱ん中、やらしい本でもあるかなって期待して、覗いちゃった。ごめん。でも、10年も、会えるのに会わないなんて、バカげてる」
ヴィルフィーラは少し乱暴にクロムの髪を撫で回した。
頭が揺れて、クロムはいつものように嫌がってその手を払う。
微かに聞こえた笑い声に、ヴィルフィーラは目元を優しく緩めた。
「ちらっと見えた手紙の封筒に『クロムは人魚じゃない』って書いてあったよ。クロムはクロムなんだから、アニキからしたらずっと可愛いよ。俺も妹がいつまでも可愛いしさ。ただ、好きになる相手が少し悪かっただけだろ」
クロムは俯いたまま、微かに口元に笑みを浮かべた。心の中でしぼんでいた大好きなクラウスに会いたいという気持ちが、色を持って弾けそうなほど膨らむ。
結ばれることのない想い。
それでも宙ぶらりんの感情のせいで、この苦しさが消えず、故郷の国に帰ることが怖いままではいけない事もよく分かる。
クロムは顔を上げてヴィルフィーラを見た。
「行くよ」
「おう。クロムはいつも一番で敵陣に乗り込むじゃん。その勢いな。まずは、『お兄さん』て呼んでみるの、どうだ?」
「……クラウス……兄さんに会って、ちゃんと祝うよ。苦しいまま、この気持ちから逃げない」
「おう」
「はぁ、緊張してきた……好きって伝えてもいいのかな」
「当たり前だ。世の中には女も男も山ほどいるぞ」
「クラウスはビンタはしねぇとおもうけど」
「オイ!あ、また『お兄さん』忘れてるぞ」
バシ!とヴィルフィーラの平手がクロムの背中を叩いた。
いつもの調子が戻ってきた親友をベッドへから蹴り落とし、掛け布を被る。
「ちゃんと寝とけよ!5時間は飛ぶからな」
「もう面倒くさいから一緒に寝る」
「はぁ?無理だわ!俺らどっちもデカいから!」
再び尻を蹴れて、クロムは『おやすみ』と笑みを残してヴィルフィーラの部屋を出た。
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