アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
9
-
「クロム様、申し訳ありませんでした」
広間で出来る準備が終わる頃には日が落ち始めていた。召使いたちを解散させた執事長がクロムへ深々と頭を下げた。
「や、やめろよ!俺が手伝いたいっていったんだよ?」
「それでも、我々の力不足を感じました」
「はあ?それやめて。俺は王様の子供じゃないんだから、ただの……ただのなんだろう?」
自分の立場を疑問系で終わらせたクロムに、執事長は小さく微笑んだ。
「貴方さまは紛れもなく三番目の王子ですよ。たとえ血が繋がっておられなくとも、王位は継ぐ事が出来なくても、皆がそう思っています」
「……そうなの?」
「はい。可愛らしいイルカの姿でお産まれになった瞬間を、私は忘れられません。クラウス様の後を小さなダイン様とクロム様が手を繋いで追いかける後ろ姿ときたら、誰もが心を癒されました」
もう60歳を過ぎた執事長は、昔を思い返すように一度目蓋を閉じて穏やかに笑った。
「この国はそれほど人口はありませんし、決して強国とは言えません。それでも、長く続いてこれたのは先代の王、これからの王、全ての人々の絆や努力の賜物でしょう。クロム様がハイドルクスで功績をあげられ、以前にも増して国交が盛んになり、国はとても豊かになりました。クラウス様のご結婚で、今度はファーデルが小さな隣国、ダターラを支えられると思うと、絆はどこまでも続いて行けるのだと感じさせられます」
「俺もファーデルの役に立ててる?」
「もちろんです。現王はおひとりの子でありましたが、クラウス様、ダイン様、クロム様は3人。とても仲が良いですし、良い未来しか想像できません」
執事長のどこか誇らしげな言い切り方に、クロムは思わず笑みが溢れた。
「この度の結婚、大変喜ばしいですね。クロム様も一時とはいえ、帰って来て下さいました。良い式になる事、間違いありませんね」
執事長はもう一度深く頭を下げて、次の仕事へ向かうと言った。
「良い未来……良い式、か……」
用意されたテーブル。綺麗にかけられたクロス。明日はここにファーデルでは多く咲くことのない花々が小さく飾され、クラウスと隣国ダターラの姫の結婚を祝う。
未来のために。
クロムは舞い上がっていたが、『内緒』はいつまでだろうかと思う。当たり前だが、『内緒』は一生だろう。
クラウスは妻を得る。自分はクラウスと共に妃を裏切る事になるはずだ。次期王と、三番目の王子が。そんな事あってはならないだろう。
クロムはスッと指先が冷えるのを感じた。
明るい未来に『内緒』は影だ。
執事長は皆がクロムを三番目の王子だと思っていると言った。それは、とても重みのある言葉に感じさせた。
「……クラウスは、この何倍も重いの……感じてるんだ……」
クロムは昨夜の甘く、幸せに溺れそうな瞬間を思い返した。
自分ひとりがクラウスを好きだと思っていたときより、今の方がずっとこの恋を手放したくないと強く思っていた。
あんなに幸せな気持ちを自ら切り捨てる事が出来る人間がいるだろうか。
「……俺は、どうしたらいいんだろう……」
『信じて』。クラウスの言葉の意味が分からない。
ただ、ひとつ言えるのは『未来を壊したくない』。
クロムの中に生まれた小さな責任感が、心を沈み込ませるように重さを増していった。
ランタンたちの灯りが落とされ、暖炉の火も微かに熱を持つほどまで下げられた大きな広間を見渡し、クロムは迫る結婚式に足がすくむような感覚を覚えた。
ーーーリリン!リリン!リリン!
壁に背を預け、先を決められずに沈みかけていたクロムはハッと顔を上げた。
「なに……?!」
緊急事態のベルが鳴り響いている。これは強烈な寒波などの為のものだが、晴れが2日は続くはずだと知っている。
静かなファーデル国に、大きな緊張が走った。
クロムは広間を出てクラウスを探して廊下を駆けた。
「なあ!何があったの?!」
集合場所が決められている召使いたちとは逆方向へ進みながらクロムは声を上げた。
ひとりの召使いが足を止めて、首を横に振った。
「わかりません。王が円の間に長たちをお呼びになったので、これから教えてくださると思われます。……クラウス様の婚礼のお相手国……ダターラからの急ぎのフクロウが2匹飛んでくるのを見ました」
申し訳ありません……とクロムの前から去っていく召使いに『ありがとう!』と頷き、円の間へ行くと決める。
フクロウを2匹同時に飛ばすのは、緊急事態以外にありえない。何かあった時のためのもう1匹だ。
「あ"!ヴィルフィーラ……!探さないと!」
クロムは親友の顔がよぎって慌てた。探すにしても、何が起きたのか、まずは情報だと考えて円の間の方へ走った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 19