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ーーー翌朝。
結婚式の前にクロムは母と、友人ジェリドの墓参りを済ませた。昨日は色んなことがあり過ぎて、遅くなったことを深く反省して暫く墓前で佇んだ。
常にマイナスに近いファーデル国は、墓に氷を立てて名を刻む。
クロムはその刻まれた名前に、手袋越しに指先で触れた。
「ずっと帰って来なくてごめん。……会いたかったんだよ、本当は。勇気出せば良かった。……たくさん話、したかった。……俺、ふたりに……会いたいよ……」
雪に埋もれることもなく、綺麗に管理されている庭のような墓地。
固めた雪で作られたアーチや氷の彫刻がここに眠る大切な人たちへ手向けられていた。
クロムは式が始まるギリギリまで、たくさんのことをはなした。
白い息を吐きながら寒さも忘れるほど夢中で、大好きな母とジェリドに、報告するように胸の内を吐き出した。
*
昼になると、焚き火が暖かい中庭にたくさんの人々が集まっていた。
身内だけで行われるはずだった結婚式が、多くの人々に祝われている。
思わぬアクシデントにも打ち勝つ、素晴らしい王子と姫。そんな風に人々の目に映っていた。
白い正装に身を包んだクラウスとエリーゼはバルコニーに立って、手を振る。
溢れる笑顔に、誰もが近い場所に位置する両国の今以上の絆に希望を持って拍手を送った。
ふたりの後ろには両国の王と妃が立ち、兄弟たちは向かいのバルコニーからその様子を祝った。
クロムも、ヴィルフィーラと共に拍手を送った。
「顔が引きつりそう……シワになっちゃうわね」
「ふふっ。もう少し。お披露目が終わったら美味しいお酒を飲めるよ」
「しょうがないわね……頑張るわ」
エリーゼの笑顔の裏の声に、クラウスは微かに笑って励ました。
両親たちへは聞こえないように囁き合う様子を後方から見守る王と王妃たちは、ふたりの仲の良さに笑みが溢れた。
5分ほど人々へ顔を見せ、クラウスは両国がお互いを支え合い、良い未来へ発展する事を望むと、短い演説を終えた。
中庭の人々にもお酒と果実ジュース、暖かいスープなどが振る舞われ、しばらくは賑やかな時間になりそうだ。
クラウスはエリーゼをエスコートしながらバルコニーから部屋へ戻った。
王たちからさまざまなお祝いの言葉を受け終わり、両親たちは親族との会食の席へ向かった。
「はぁ〜ッ、コルセットがキツい!」
「緩めようか?」
「ありがとう。お願い」
「エリーゼ……これからもよろしくね」
「こちらこそ。旦那さま」
部屋に残ってひと息ついていたエリーゼはニヤリと笑い、ウインクしてみせた。
ーーコンコン。
かしこまってノックした召使いが、扉越しに祝いの席にみんなが集まった事を告げにやって来た。
「さあ、もう少しね」
「はあ……めんどくさ。もう、国民たちと飲んで騒いで終わりでよくない?」
「あはは。クラウスらしいけど、駄目よ」
『はぁい……』とやる気のない返事を返すクラウスの背中を、エリーゼの小さな手がバシン!と叩いた。
*
親族の集まりが始まる前、エリーゼは命を救われたことを深く感謝し、クロムとヴィルフィーラにダターラの美しい装飾が施されたナイフを贈った。
鍛治が盛んなダターラは武器などを多く作っていたが、そのナイフには刃が無く、美しい飾り物。平和を求めるものだとエリーゼは微笑んだ。
ひと通りのお披露目が終わり、クロムは上着の襟元を緩めながら図書室でのんびり日向ぼっこをしていたヴィルフィーラとアシュリーの元にやって来た。アシュリーの休憩時間にデートをしているようだ。
「よお。どうだった?」
「俺、偉い。静かに、何も喋らず、食べて飲んでニコニコしてた」
「そんなクロム様、なんだかおかしいです」
アシュリーにくすくすと笑われ、クロムは眉尻を下げた。
「俺だって喋らなければちゃんと見えるって言ったじゃん」
「俺のアドバイス」
「ヴィルってば!」
すっかり仲良くなり、手を繋ぐふたりを見てクロムはアシュリーの隣に腰を下ろした。
アシュリーは慌てて『椅子をお持ちします!』と立ち上がろうとしたが、ヴィルフィーラがそれを制した。
「クロムはいいんだって。な?」
「うん。友達の彼女にそんなことさせたくない」
「でも……」
「疲れたから俺も日向ぼっこ入れてよ〜」
「クロム、邪魔するな。あっち行け」
「はあ?ケチ!」
アシュリーを挟んで揉め始めたふたりに、彼女は声を抑えて笑った。
ヴィルフィーラはクロムから結婚式の後だと言うのに悲しみや辛さを感じず、ぽかんとしてしまった。
もっと落ち込んでいると思っていたからだ。
「ダインが、明日ファーデルを立つのは止めて明後日にしたほうがいいって。天気が悪いってさ。それ伝えに来た」
「お、おう……」
アシュリーが『紅茶でも……』と立ち上がろうとした時、執事がクロムを探して歩いている声が聞こえて、3人はそちらへ顔を向けた。
「俺のこと探してるみたいだ。行ってくる」
クロムはスッと立ち上がると図書室を出て行く。
アシュリーは賑やかなクロムの背中を見送り、ヴィルフィーラへ笑みを向けた。
「クラウス様のご結婚で、とても嬉しそう」
たしかに。と、ヴィルフィーラは首を傾げた。嘘が下手なクロムの事だ。メソメソするか、険しい顔でやって来ると思っていた。
少し不安に思ってしまう自分に、大きなため息が溢れた。世話の焼ける弟を見ている気分だ。
そんなヴィルフィーラを見て、アシュリーはそっと手を握り直した。
「大丈夫。クロム様も兄弟離れできますよ。結婚されても、仲が良いのは良いことです」
「そう、だよな」
何も問題は起こさないでくれよ……と心の中で胸騒ぎに蓋をした。
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