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18歳以上ですか?
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エピローグ
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クラウスは心地良い温もりに包まれて、懐かしい夢を見た。愛しい人の匂いと、鼓動。
夢にしてはリアルなのは、記憶だったのかもしれない。
*
「またラブレターですか?」
「そうだね。俺のこと、忘れないでほしい」
「お返事は時々ですもんね」
「……言わないでくれない?」
「小さい頃の恋なんて、もうどうなっているかわかりませんよ。クラウス様も現実を見て。わがままもそろそろ可愛くないです、もう18歳ですよ」
執事見習いのジェリドは、クラウスから預かった手紙をハイドルクス王国へ送る荷物の上に置いて、笑った。
イルカの獣人の子が、ファーデル国から出て5年経っていた。
「懐かしいです。クロムは絵本が大好きでしたが、『人魚姫』はいつも怖がっていました。自分を魚の仲間だと思っているのが可愛らしくて。クラウス様を好きなのに、幸せにはなれないの?って、伝わってくるくらい」
「俺は絵本の王子みたいに、クロムを泡にするつもりないけどね」
「ラブレターの返事もイマイチですし、クロムは可愛い顔してますから、たくさんの女の子にちやほやされて、クラウス様が泡になっちゃいそうですね」
「……ジェリドってひどくない?応援してよ」
「応援はしてます。昨日は、ダインとふたりきりにしていただけて……楽しかった。クラウス様は唯一、僕の味方ですからね。泡になるところまで見守りますよ」
冗談を言いながら綺麗に微笑むジェリドに、クラウスは悲しげに笑った。
「俺は泡にはなれないなあ……重くて溶けない氷みたいに、深く沈んで、じわじわ溶けていくんだろう」
「それならクロムも探し出してくれますね。彼はイルカですから、泳ぐのは得意なはずです」
「あははっ、そうだね」
クラウスは子供のように無邪気に笑った。
「帰って来なかったらどうしよう」
「どうしよう?迷ってないくせに可愛子ぶらないでください。可愛くないですが、わがままを通せばいい。クロムを幸せにしてあげて下さいね」
「頑張るよ」
「自分の幸せが誰かを不幸にするなんて、甚だバカらしい。人魚姫のように自分の不幸で相手が幸せになれるなんて思考は何様?ただ、前だけ向いてれば良いのです。いつも、飄々としてるじゃないてすか」
ジェリドはクラウスの手紙を手に取り、そっと胸に抱いた。
「クロム。諦めないで。勇気を出して」
そう言って気持ちを込めると、封筒の裏にペンを走らせた。ひと言を書くとそっと荷物の中に手紙を戻した。
「あ!落書きしただろ」
「ふっ」
ジェリドは鼻で笑うと、荷物のチェックリストを執事長へ渡すためにクラウスに頭を下げた。
「変な事書いてない?ねえ、ジェリド!」
問いかけに答えず、言ってしまった金髪の後ろ姿に小さくため息をこぼし、クラウスはそっと封筒を見た。
ジェリドらしい短いひと言に、目元が緩んだ。
『あなたは人魚じゃない』
そのメッセージは、この先、毎回クラウスの封筒に書かれる。
クラウスは手紙を手にしたままハッと息を呑んだ。
「クロムは筆記体、読めるようになったのかな……ふふ」
どんな成長をしているのか待ち続ける楽しみを感じる。
その表情はどこにも不安の色などなく、雪のように白い頬を微かに桃色に染め、クラウスは手紙そっと荷物の上に戻した。
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