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食事には誘えたけど着地が見えへん
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どうしようもなく好きな人が目の前におると、どうしてこんなにもうきうきしてしまうんやろか。
今俺は、田所さんと一緒に居酒屋にいた。
居酒屋特有のオレンジっぽい光が、俺の目を射す。
俺は、その陽気で暖ったかげな色に酔って、ずっと会いたかった人が隣にいはることに浮足立って、そわそわしてた。
俺はめちゃくちゃ清潔感に気を遣った服装だけど、田所さんは家からコンビニ行くときみたいな恰好をしてて、でも、それが妙にかっこよかった。黒いタンクトップに、下はグレーのスウェット。
こういうとこ、慣れとるんやろうなと思う。
それと同時に、その肌をガンガン見せてくる上半身のファッションに、ああ、それなりに期待してええのかしらんと思ってしまう。
田所さんも、俺のこと、そこまでキライなタイプやないんやないか?これは見込みある恋なんとちゃう?なぁ、俺。
…あかん、自分に話しかけ始めたら、それはもうあかん。
田所さんに話しかけな。…
「あのー、…今日はありがとうございますー」
俺は、無難な話を振る。
田所さんは、ひらひらと俺に手を振る。
「あー…ま、楽しく飲もうぜ。」
なんやねん、それ。
俺も大概考えすぎかもしれへんけど、田所さんの態度も曖昧で。…とにかく、楽しく飲めばええんちゃう?なんて思って、俺も、宴会モードの仮面をかぶる。
営業で鍛えられてきた俺は、暗い性格なりに、鉄板ネタの笑い話や、場面に応じた自分なりのモードを駆使して生きてきた。今こそそれを使うときやねん。「面白いやつ」と思われとんのなら、なら徹底的に面白いやつになったるわ。まずは面白さで、田所さんのハートを、がっちり掴んだるわ。
田所さんは、俺の話によく笑ってくれた。
田所さんは笑うと目じりにしわができて、その表情を、俺はすごくかわいいと思う。でかい体躯だけど、大型犬みたいな愛嬌のある人で、俺はすぐうっとりなって見つめてしまう。
「あんたさ、意外とよく喋るんだな。」
もっと陰気な感じかと思った、と、田所さんは言った。
「あの、俺ばっかり喋らせてもらって、申し訳なくて。で、できれば田所さんの話も聴きたくて。」
必殺、お話おねだり、と、俺は呼んどる。
今まで両親の転勤ばかりで、俺は毎回変わる学校で、相手の話を聞くことで生き延びてきた。
人間はおしゃべりしたい生き物なんや。こっちが話を聞くことを嫌がる人間はおらん。それに、この前はつい、俺がしゃべりすぎたさかい、田所さんにも喋ってほしいと思った。
田所さんのこと、もっと知りたい。
恋愛は駆け引きで、情報収集せな、あかん気がする。
今までそういうの、避けてきたけど。
欲しいもんには手ぇ伸ばさな、届かへんやろ。
「えー、俺、打木ちゃんみたいに面白れぇ話は持ってないけど。」と言いながらも、田所さんは、ポツンポツンと話してくれた。
生まれて物心ついてから、親には会ったことなくて、孤児院で暮らしてきたこと。
成人してからは土方などの肉体労働で生計を立てていること。
今は、ダンサーも兼業していて、実は殴られ屋の話は嘘で、ダンサー仲間と喧嘩して、あの日はゴミ捨て場に落ちてはったこと。
俺は、田所さんの出自に、衝撃を受けた。
そういう人がいはるのは知ってたけど、俺とはあんまり縁のない世界やったから、びっくりした。
「一番小さいときの記憶はさぁ、パチンコ屋に、かぁちゃんだと思うけど、女の人と行ってさ、」
と、田所さんは、ビールを啜りながら、呟くように話す。
「で、俺だけ車に閉じ込められるんだ。女の人は、パチンコしに行っちまう。俺は、冬でさ、寒くて、腹減って。まだ4歳ぐらいのことだったと思う。今でもそのころのこと、たまに夢に見るよ。」
な、特に面白くもないどころか、暗いだろと、田所さんは薄く微笑んだ。
「俺の話せることなんか、そんなもんだよ。今は、ただドカタやって、暇な夜に時間作ってダンスイベント出て、たまーに健康ランドなんか行って。なんで健康ランド行くかは、お前もゲイなんだから、わかるだろ。」と、いひひと、田所さんは笑った。
俺は、よくわからないので、素直に
「すみません、わかりません。」と答えた。
「…世代ギャップってやつか?」
大体、健康ランドとかサウナとかの中にはいわゆるハッテン場があって、ゲイってそういうとこにたむろしてるだろ、と、田所さんは言った。
俺は、人と接するのが苦手やねん。仕事モードでならなんとか笑顔を作って相手の間合いに入って、商談進めるなりできるけど。
田所さんみたいによく笑えるほうでもないし、ゲイの仲間なんて作れたためしがないんや。でも、そんなことを全部ぶちまけていいのか、俺にはわからんくて、ただ黙っていた。
なんて答えてええかわからんけど、自分の生活スタイルみたいなもんを持っている田所さんを、うらやましいと思った。
俺が黙っていると、田所さんは、グイっと顔を近づけてきて、言った。
「俺さ、この後ヒマなんだけど、あんた、家来るか?」
ドキッとした。
田所さん、少し酒臭い。
俺は…酒も手伝って、ってやつなんちゃう?
さかい、それでええんか?俺。なんか、ただれた関係になりそうな展開なんとちゃう?そりゃお互いもう他人同士の空気感やないけど、それでもあってほとんど経ってへんのに変わりはないし。
第一、こんな展開初めてやし、うまく運べるんやろか。首尾よくいかへんと、相手が冷めてしまう展開だけは、いやや。田所さんの前で、かっこつけてたい俺がいてる。でも、初心者。童貞やで、おれ。
ほんの数秒の、混乱と思考の交錯やった。
気が付いたら俺は、
「はい。」と答えとった。
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