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恋は試練というやろう
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数日後、俺は、図書館にいた。
手に「多重人格について」とタイトルされた分厚い本を抱えとるのやった。
あの朝、目が覚めると、潤さんは隣で眠っていた。
昨夜のことを思い出すと、俺は、つい、にやけてしまう。
剝き出しの乱雑さで、素直な心で、俺たちは向き合ったし、抱き合ったんや。それが、嬉しかった。
「んん…」
潤さんも目を覚ました。
でも、何やろうか、上手く言えないけど、様子がおかしい。
潤さんだけど、潤さんではない感じがする。
「またやったんですね、潤は。」と、まるで人ごとにあきれ返ったように、潤さんが言った。まるで別人や。そうして、潤さんは潤さんのことを、他人ごとにしてる。
俺は、混乱した。
「私が寝てる間に、また男を連れ込んだんですね。」と、その人は言った。潤さんの見た目やけど、喋り方も目つきも、別人やった。
「潤さん…?」と、俺は尋ねる。
「いや、誰やねん、あんた。…」
「君彦です。」と、潤さんが言った。いや、正確には、潤さんの身体を使って、誰かが言った。
おれはただ、茫然としていた。
双子とかではない。明らかに、潤さんや。昨日抱きしめた体や。口づけた顔や。でも、決定的に何かが潤さんと違うその人が、言葉を続ける。
「私は、潤が母親にしつけとしてベランダに出されている時、生まれました。多分、それが一番古い記憶です。潤は男と寝た後、必ず後悔して寝込んでしまいます。それで、私が出てくるのです。」
なんや、えらい理詰めな話し方を、その「君彦」はしてくるのやった。
最初、潤さんがふざけてるのかと思ったけれど、ふざけてるにしては、出来過ぎや。怖いくらいに、煙草を口にくわえる手つきも、口調も、表情の作り方も別人やった。
で、君彦が言うには、だいたいこういうことらしい。
潤さんは、本当は、田所 晃(コウ)という名前らしい。田所さんは、過去につらい体験をして、そのためにいくつかの人間に分かれてしまったらしい。戸籍上の「晃」の他に、色々な人間が中にいて、その中に潤もいて「君彦」は、大抵の人格を把握している、という話やった。
「…多重人格。」俺がボソッと言うと、「君彦」は言った。
「そういう言葉に近いかも知れませんね。」
でも、何となく、謎が解けた。
君彦ほどではないけど、この前会った潤さんと、昨夜の潤さんに、微妙な違和感を感じとった。
それで、潤さんが血まみれで倒れていたこと、「殴られ屋」だと名乗ったことを君彦に話すと、君彦は困った顔になった。
「それは、潤ではなくて零かも知れませんね。最近出てこなかったのに、どうして急に…昔は、零は潤の兄弟だと自称して、しょっちゅう潤のふりをして潤だと名乗っていましたが。…」
君彦が言うには、零という人格は、母親の連れ添いの男に殴られていたころ出来た人格で「世界中の人は自分に無関心か、腹を立てて殴ってくるので、自分は乱暴されるのが仕事で、それが喜びである」と思い込んでいて、潤さんの中の人格たちでは二番目に危ない人格らしい。
「じゃあ、一番危ないんはどんな人格なんですか」と訊くと、
「影虎でしょうね。」と君彦が言う。
「どんな奴なんですか」
「自分に幼い頃いたずらをした相手を見つけて、殺そうと考えています。幸いにも幼いのでどうやったらいたずらしてきた相手が見つけられるか思いついていません。基本的に自分より弱いものには優しいですが、いったん情緒が乱れるとどうしようもないやつです。」
乱暴な景虎がいたり、色狂いの零がいたり、他にも、だんまりの人格やら、五歳くらいの子供の人格(これが、晃本体らしい)がいたりして、潤さんはまともな職に就けずに日雇いや月雇いの土方として生計を立てているのだと、君彦は言った。
「潤は、本当は大学も出ているんですよ。せめて影虎がいなくなれば、定職に就けると思うんですけど。…」
色々と聞きすぎて、俺は頭が痛くなってきていた。
自分の情報整理より、そんな面倒な中で生きてきた潤さんを思うと、頭が痛うなってきた。
「潤さんは、今、どうしてるんですか。」と、俺は、これだけ聞いた。
「潤は、寝込んでます。声や気配がしないんです。多分、またセックスしてしまった自分に嫌悪感があるんでしょうね。」
嫌ならしなければいいのに、と、君彦は冷たい表情で言う。
俺は、潤さんの矛盾した行動について考えていた。
潤さんは、過去に受けた性的な虐待がいやでしょうもなくて、逆に何回でも男を連れ込んで同じ行為をすることで、思い出を埋もれさせようとしてるんやないやろか。俺の考えでしかないけど。
「潤は、ショッキングなことがあって引っ込んでしまった晃の代わりに、これまで学業に励んだり、今は仕事をしたりしています。私が出てくるということは、潤はかなり弱ってるということです。」
「俺が、…追い詰めてしまったんやろか。」
俺は、ショックやった。俺が浮かれてる間、潤さんはどんな気持ちだったんやろ。最後までどこかふざけたような態度だったのは、本心を隠すためやったんやろか。有頂天から、一気にどん底へ叩き落される。
俺は、潤さんのこと、なんもわかってへんかった。
多重人格だから、だから潤さんはあんな寂しそうに言ったんや。
嘘だ、お前もどうせ俺から離れていく、と。
「まぁ、いつものことですよ。」と、君彦は冷静に言い放つ。
確かに、行きずりでも、潤さんあの感じやとその辺の男と寝そうやし、何より、周りのゲイがほっとけへんようなカッコよさやもんな。
それで、一夜明けて多重人格って他の人が出て来はったら、そりゃびっくりもするわ。付き合いきれんと思う人もいるかもしれん。
でも、俺は違う。逃げたりせぇへん。
「また、会いに来ますよ、潤さんに。」
俺は、君彦にもう来るなと言われないよう、目をしっかり見て言った。
「へえ?」
君彦は、さも馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「今までも、潤にそう言った人は、いました。ゆくゆく挫折してしまうなら、最初から期待させなければいいのに。ピティ・エイキンズ・トゥー・ラブといったところでしょうかね。」
「どゆ意味やねん。」
「哀れみは慕情と似ている。かわいそうだた惚れたってこと、ですよ。今あなたは、潤を憐れんでるんです。」
憐れみと物珍しさが消えれば、どうせあなたも潤の許を去るのでしょう、と、君彦は言う。その時、見た目が潤さんと似ていても、俺はこいつは絶対好きになれんな、と、俺は思った。
「そ、そんなことやないわ。俺は、潤さんのそばにおる!ふざけんなや。」
恋に障害はつきものや。付き物やけど、障害がでかすぎる、ような気もした。
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