アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
未知と遭遇してしまったわ
-
自宅に戻ると、俺は潤さんにメールをしていた。
「潤さん、元気ですか?
この前は突然お家へお邪魔してしもうて、えろうすんまへん。
俺は、潤さんと付き合いたい思ってます。
いつでもいいので、お返事ください。
呂将」
シンプルやけど、俺にとっては重い願いのあるメールやった。
あれから、多重人格に関する本を読んだ。
よくわからんかったけど、多重人格とは、本人が辛うて辛うて仕方ないときに、別の人格ができてしまうもんらしい。その人格は、本人の辛いことを肩代わりするために生まれてきたらしい。
「潤さん」は、潤さんの本体になってる晃の辛いことを肩代わりするために生まれてきたんやな、って、俺はびっくりした。
多重人格の人は、人格が一つになることが、いわゆる「治る」ことらしい。ということは、潤さん、いや、田所晃が「治る」いうことは、俺の惚れた潤さんがいなくなってしまういうことやんか、と、俺は憤慨した。
ただ、本を読み進めていくうち、治るいうことは、今までの潤さんが全部消えるような、単純なことでもないと知った。人格同士が丸と丸みたいに重なって、新しい人格になることもあるらしい。
色々読んでみて、俺が潤さんと付き合い続けていくには、潤さんの中の人格たちともうまくやらなあかんのやと思った。
翌日は会社で、柳井と話をしていた。
「この前言ってたお相手とはどうなんだよ、」と、柳井が訊いてくる。
「色々あるよ。」と、俺は答える。
「なんだよ色々って。…もしかして、終わっ…」
「終わってない。」と、俺は釘をさすように言う。
いや、終わってへんし。確かに、まだ、返事は来ぉへんのやけど。
「終わってないよ。この前は柳井に言われた通り、一緒に飯食ってきたし、その後だってガッツリお泊りしちゃったし。あんなに傍にいたんだ、多分、メールの返信がこないのは疲れてるだけ。なぁ、そうだよなあ、疲れてるだけだよなぁ。そうだって言えよ!」
早口でそう言いながら俺は、柳井のスーツの襟をつかんで揺さぶっていた。自分の目が血走っている気がする。まずいで、俺。完全に情緒不安定や。
「…きも。」俺の飛ばす唾を避けて、柳井が呟く。
「…仕方ないだろ、好きで好きでしょうがないんだ。」柳井を開放してやりながら、俺は言った。
「どんな障害があっても、俺はあの人と一緒にいることを選ぶ。」
「…打木、意外とマジになると一直線だな。」もっと臆病かと思った、と、柳井が笑う。
「まぁ、やけどすればいいんじゃないか?もしかしたら、そのうち上手くいくかもしれないし。」
柳井は、数少ない、俺が心を許せる相手や。俺は、そんな柳井に応援をもらい、嬉しうなった。
「やけどすれば、は余計だろ。」
といいつつ、頬が緩むのを感じた。
それから一週間が経って、そろそろ本当にこの恋愛はもう駄目なんじゃないかと思ったころ、潤さんからメールがあった。
いや、正確には、潤さんからなのか、他の人格なのかもわからん。
「嬉しい。
明日、合えるか?」
とだけあって、とりあえず俺は、休日に潤さんに会いに行くことにした。
休日、俺は潤さんのアパートへ行った。
「潤さん、いや、田所さん、いますか?」
木造アパートの二階に潤さんの部屋があって、俺はその入り口でノックをした。
鍵が、開いてる。
「入りますよ、」
と言い、ドアを開けた。
するとそこには、膝を抱えた潤さんがいた。
あ、と、俺は思った。
これは、潤さんではないな。
また違う人格や。
君彦でもない。一瞬、君彦が乱暴もんや言うてた影虎やったらどうしようと思った。でも、なんや潤さんは子供みたいやった。物静かで、我慢強くて、そうして、どこか途方に暮れた子供みたいや。
「あの、…」と話しかけると、潤さん、やない誰かはそっとこちらを向いた。
「きみ、…、えっと、…名前は?」
何を聞いていいのかわからんくなって名前を尋ねると、その人はこう言った。
「こう。」
コウ、ってことは、晃かな。たしか、君彦は「五歳くらいで精神年齢が止まってる子供」とか言うとった気がするけど。
「コウ君か。潤さんはどこ?」と訊くと、
「だれ、それ」と言われた。なんだか、元気のない、五歳の子供にしては静かな喋り方で面食らった。
確か、多重人格の人は、自分以外の人格がおるのん知らん場合もあるんやったな。コウは、潤さんを知らんのかもしれなかった。
「いつからそうしとるの?」と訊くと
「昨日から。」と答える。
確か、メールが来たのが二日前やから、潤さんの体は、下手すると、コウが出てきて昨日丸一日、何もしとらんし何も食べとらんのかもしれなかった。
俺は、慌てて台所へ行き、手土産にしていたお好み焼きを作る。
俺、お好み焼きだけは作るのめっちゃ上手いねん。持ってきてた酒と一緒に、潤さんとついばむはずやったんやけど、しょうがないわ。
30分ほどして、これも持参のホットプレートで作ったお好み焼きを、コウを食卓に座らせ、皿に盛ってやった。その間、コウは一言もしゃべらんかったけど、お好み焼きを前にして、コウは少しだけ目を輝かせた。
いや、見た目は潤さんと一緒や。でも、目がなんというか無垢で、これは確かに子供の目やな、と思った。「食べてええで」というと食べ始めたけど、箸がうまく使えてないし、居酒屋にいた時の「潤さん」とは、全く違う生き物やった。食べ方が、ひどく汚い。まるで、親にマナーを教わってないみたいに。
コウの様子を観察しながら、俺は思った。
なんかの拍子に、潤さんがおらんくなって、コウが潤さんの体の出てきたんやろな。潤さん、俺、あんたに会いに来たのに、子守させるのは酷ないか?でも、寒いのに潤さんの体は薄着やったし、なんも飲み食いしてへんみたいやったから、来てよかったなとは、思った。
目の前の人間が、せき込む。急いで食べたから、喉につかえたらしかった。水を取ってやろうとして手を棚へ持ち上げた瞬間、その体がびくっとした。
「どしたん?」
と訊くと、恐る恐る、小さな声でコウは訊いた。
「…ぶたない?」
俺は、コウがひどく可哀想やと思った。
誰かに、ぶたれたから、だから、その誰かの機嫌を損ねる前に、急いでご飯を食べてしまおうとしたり、自分の体の上に他人の手が来ると、びくっとするんと違うか?
潤さんは、本当に酷い家庭で生きてきたようやった。
「親には会ったことない」って言ってたけど、多分、俺には家庭のこと、話したくないからそういう嘘をついたんやろな、と、俺は思った。
「ぶったりせぇへん。何にもせんと、ゆっくり食べ。」
おれは、出来るだけ優しくそう言った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 14