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俺にできることってなんやねん
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いくらか食べる勢いの落ち着いたコウを見ながら、俺は思った。
多重人格の人は、ショックなことが起こったときに自分を助けてくれるように人格を作り出すもんらしい。確か、「君彦」は潤さんが、寒い冬の日にベランダの外に締めだされた時生まれたって、自己紹介してきた。
多分、潤さんもそういう風にして生まれた人格なんやろう。コウは、どう見ても精神年齢が幼い。潤さんが生まれてから、コウはほとんど人格として表に出てこなかったんやろうと思う。
でも、そんなことを考えるより先に、やらなあかんことがあった。それは、潤さん、いや、コウの着替えや。
コウは、着替えがわかってないのか、薄着でいた。さかい、俺はその辺のタンスの中から、コウのための服を探して、今着てる服は恐らく二日くらい前から着てるので、脱がせて洗濯することにした。
「食べ終わったか?着替えるで。服、脱ぎい。」
と言ってもキョトンとしているので、俺は、服に手を掛けた。
「ほら、バンザイして。服、脱がなあかんやろ。」
コウは、わずかに抵抗した。そして、恨みがましい目でこっちを見た後、いきなり、頭を抱えて倒れこんだ。コウの魂が抜けてったみたいに。
「え?どうしたん?なんや、大丈夫か?」
混乱する俺をよそに、潤さんの体は起き上がった。
そうして、
「やっと出てこれた。あのガキ、面倒見るの大変だったろ、打木ちゃん。」と言った。
潤さんかと思った。でも、どことなく違う。
「誰ですか」と訊くと、
「潤だよ」と言われた。
でも、何かが微妙に違う。潤さんなら、俺のこと、「呂将」って呼んでくれるはずやし。
この前会った時の潤さんは、煙草を吸わへんかった。でも、今目の前にいる人は、煙草に火をつけて俺の前でいきなり吸い始めた。
これは、一番最初に会った時の癖や。ってことは、今目の前に出てきたのは、「零(ゼロ)」か。「君彦」の話では、零は、よく潤さんのふりをするらしい。
「あれだろ、服を着替えさせようとしたのを、悪戯されると思い込んだんだろうな、コウは。それが嫌だから俺に代わったんだ。」
と、目の前の人はすぱすぱ煙草を吸いながら言う。
「どうする。別に、ヤったって俺は構わないぜ。」
「あんた、零さんでしょう?」
と、俺は聞いてみた。
「ありゃ、なんでわかるんだよ。俺、あんたに名前言ったっけ?」
「君彦さんから聞きました。」
「誰だそれは。…ああ、わかった、俺たちのことを監視してる、あいつだ。キミヒコとか言う名前なのか。」
零は、首を振りながら独り言を言う。
「なぁ、潤さんに会いたいんやけど。」
「つれないなぁ、俺だってお前の愚痴を聞いてやった仲だろ。あいつなら、寝込んでるよ。お前にメールしてすぐ、俺が潤の代わりに、外へ出たんだ。その辺で適当な男を引っ掛けてヤったら、そのことに気付いて寝込んじまったよ。」
俺は絶句した。なんでそんなことを。
「あんた、なんなんや。」と訊くと、
「ゼロだよ、なんもないってこと。潤は、俺のことを嫌って、そんな名前を付けたんだ。俺たち兄弟なのにな。俺たちみたいのが真面目な人間と関わったって、お互い不幸になるだけなんだ。今日は潤のふりをして、潤とメールした奴を追い返してやろうと思ってた。」
それがあんただったなんてな、と、零は言い、煙草の火を雑に消した。
「あんたは、ちょっと見た目がお兄ちゃんに似てた。だから、また会ってもいいと思ったんだ。けれど、潤の奴、あんたを独占してた。」
「誰やねん、お兄ちゃんて。」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。ああくそ、やっぱ、ちょっとだけ似てる。」
零との会話は、要領を得なかった。
「とにかく、着替えてくれ。寒そうで見てられんのや。」
と、俺は、着替えを手渡す。
「…なぁ、潤とはヤったんだろ?…俺ともしてくれよ。」
と、零は俺にしなだれかかる。そういえば、君彦は零について「色狂い」って言っていた気がする。
「ちょ、…っ」
悔しいけど、俺は少し迷ってしまった。
コウには、体は潤さんと同じとはいえ、そんなことをする気にはとてもなれへん。けど、零には色気がある。それに、俺が最初に会ったのは零だったみたいやから…でも、俺は潤さんのことも考えて、踏みとどまった。
「ダメです、潤さんは、他人とエッチしてしまった後、落ち込むんやろ?零さんのことは、嫌いやない。けど、もうちょっと待っててほしいんや。」
素直にそう答えた。
「えー?いいだろ、別に。潤は見てないぞ。」
「そういう問題やなくて、後からでもダメージ受けるやろ、潤さんは。それが嫌なんです。」
零と潤さんは、お互いがしてることがわかってないらしい。で、コウも多分、自分以外の人格の行動は知らん。俺は、頭の中を整理した。
あと他にもいくつか、潤さん、いや、コウは、人格を持ってるらしい。
そいつらが出てくる条件は?俺は、頭をフル回転させて考える。
「俺より潤の方が大事なのかよ。」と、目の前の零は膨れていた。
「そうやない。俺と初めて会ってくれた零さんのことも大切です。」
やから、他の男を引っ張り込むんはやめてください、と言いたかった。が、今は、そこまで言っていいのかわからんくて、言えなかった。
零は、君彦から聞いとる限り、一番複雑な人格や。
マゾヒストで色きちがい、と、君彦は悪罵の限りを尽くして俺に零を説明した。
義理の父親に虐待されてた頃にできた人格らしくて、殴られたり悪戯されることを、むしろ受け入れていまうことで生きてきた人格らしいわ。
零は、よく潤のふりをして出歩いていると、君彦が言っていた。冬の夜、俺が最初に会ったんは、どうやら零だったらしい。
さかい、俺には一番、零の人格がわからん。
感情は子供っぽいけど、煙草を吸ったりとか、やることはませてる。
年齢にしてみれば、高校生か、中坊くらいかな、と思ったところで、どう接そうか、見通しが付いた。
「零、とにかく、寒そうやから、着替え。」
親戚の子供に接するように、そう言い聞かせる。
「…わかった。」
零は無言で服を脱ぎ始めた。
その体は、以前抱いた潤さんの体と一緒やったけど、太陽の光の下でよく見ると、あちこちに古傷があって、見ていて痛々しかった。
「…なんだよ、なんでそんな目で見るんだ、」と、零がこちらを不思議そうに見てくる。
「いや、…なんか傷がすごいな、と思って。」
「殴られ屋やってるからな。」
嘘やなくて、ほんとうだったんやな、と俺は思った。
全く、潤さんは嘘つきや。俺に何も、本当のことを教えてくれへん。
でも、本当のことを言われたら、混乱してたと思う。潤さんと一線を超える前なら、やっぱり、付き合うこと自体、尻込みしとったかも。潤さんもそれがわかるから、嘘をついたんかもしれなかった。
「あんた、やっぱり面白いよな。」
と、零は言う。
「俺のこと、そうやって見るタイプの人間は、初めてかも知れない。」
「…どゆこと。」
「観察するみたいな、心配するみたいな目だよな。保護者目線、っていうか。」
当たり前やないか。零には最初戸惑ってしまったけど、ああこいつは中身が未成年なんやな、って思たら保護者目線になってしまう。
にしても、潤さんに会いたい。零には言えへんけど、俺はやっぱり、潤さんが多分、一番好きや。
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