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二度目のお泊りやわ
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結局夕方になっても、潤さんは出て来てくれへんかった。
俺は、零と夕食の買い物に行った。零がハンバーグが食べたいというから、それっぽいもんを作り出そうとしていた。
家に帰ってきて、
「零、まずいのができたら、ごめんな、俺、料理音痴やねん。」
と言うと、零は真っ白な歯を見せて笑った。
「あんた、やっぱり面白いよな。」
零が笑う顔はスカッとした明るさみたいなもんがあって、俺はついついうっとりとなって見つめた。その目線を外しながら、零が俺も手伝う、と台所へ入ってくる。
平和で、安らか、みたいな休日や。
ハンバーグの具を零に捏ねてもらって、俺は付け合わせの野菜を切った。
「零、俺以外の男も、この家に上げとるんか。」
「上げてない。」と零は言うけど、なんや疑わしい。
「本音で。」というと、
「いや、マジで上げてない。」と言う。
「普段はホテル取っちゃうから。潤が家へ上げたのはあんただけだし、今はほんとに、打木ちゃん以外のオトコはここに来ないってば。」
と、零は身振り手振り交えて、慌てたように言う。
「ほな、もうホテルもいかんといて。俺から、お願いや。」と目と目を合わせて言うと、零の目が瞬いた。
「ヤダよ。することなくて退屈だもん、俺。」
「退屈なときは俺とメールすればええやろ。」と言うのも、俺は独占欲だけで言っとるわけやなかった。
「零、お前は、ちょっと一線があやふやすぎる。暇なときは、本読んだり音楽聞いたりした方がええ。教養を磨け。」
「えー、何それ」と零は言うが、少しだけ、心配されてるのが嬉しいみたいな口調でも、なくはなかった。
「何読めばいいんだよ。」と聞いてくるので、俺は、2、3、古典の名を挙げた。
「あ、でも。零には難しいかな。」お前はまず、ヤングアダルト向けのむつかしくない本でも読んどけ、と言うと、馬鹿にすんなよ、源氏物語読んでやるから、と、零は息巻く。
「ムリやん。」と笑い飛ばしつつも、俺は、何となく、零はその気になれば古典文学くらい読める気がした。
ハンバーグを食べてしまい、せんべい座布団と炬燵があるばかりのあんそな部屋で、二人でゴロゴロしていた。年末に向かっていく街は忙しいはずなのに、このさびれたアパートのある一角は、やたらとしんみりしてた。
「零、風呂、入ってええかな。」と、俺は聞くが、なんとなしに零の雰囲気が違っていて、思わず二度見してしまった。
「あれ、潤さん。」
知らんうちに潤さんが出て来ていた。
陰りがあって、落ち着いた雰囲気は、零やのうて潤さんやった。
「呂将、…ああ、今日は会う約束してたんだっけ」と、潤さんは、時差ボケした人みたいに呟いた。
「大体、零から事情は聴いてますよ。」と、俺は言う。
嬉しかった。潤さんに会えてることが、純粋に。
「零…あいつのすることには困ってるんだ…」潤さんは、疲れたようにぼんやりとそう言った。
「ごめんな。零が…」
「聞きました。零には、もう二度と他の男の人と寝ないでほしいって、言いました。」
「いや、あいつは、そんな約束できない。…呂将、俺を抱きたいならそうしてもらって構わない。でも、俺に本気になるのだけは、やめとけ。傷つけたくないから。」
潤さんはそういって、そっぽを向いてまった。
「風呂は、先入っていいぞ。」
取りつく島もない潤さんの言い方に、俺は戸惑う。
「でも、…俺は、潤さんと真面目にお付き合いしたいです。」
「…零は、あいつは、どこの誰とでも寝るぞ、マジで。で、いつかお前も俺たちに愛想が尽きて、別れたくなるだろうな。」
「なりません。」
「いや、なるよ。俺ですら、ちょっと目を離すとあいつのせいで体が傷だらけになってたりして、うんざりするんだ。想像できるか?ちょっと油断したすきにあいつが好き勝手やってて、目が覚めたら趣味の悪いラブホの中にいて、知らない男が隣で寝てるんだ。本当に泣きたくなる。」
心底うんざりしてる潤さんに、俺は反対するように言う。
「暇なときは俺に連絡するように、零には言いました。俺、潤さんも零のことも、好きです。]
「…多分三日ともたねえぞ、零は。それに、そっちがどうにかなったって、俺はどうする?俺も、やっぱりどこかおかしい人間だ。じゃなきゃ、やっぱりお前を家に上げたりは、少なくとも、あんなペースでいきなりはしなかったろ。…俺で性欲処理してくれて構わないけど、本気にだけはなるなって。」
そういうことを言われれば言われるほど、俺は、この人を愛で満たしてあげたいなんて、柄でもないことを思ってアツくなる。今の状況が困ってれば困ってるほど、何かして助けてあげたくなる。こういうの、メシア症候群って言うんやないっけ。…忘れたけど、とにかく、俺は引き下がらなかった。
「言葉で言ってだめなら行動で示しますわ。俺は、潤さんが乗り気やないんやったら今夜だって指一本触れへんし、これからもそんなんでええと思ってます。俺、潤さんとエッチできんくても、潤さんから離れへん。せやから、潤さんは安心して、俺といてええんです。」俺のこと、嫌いやったらもう俺にはどうしようもあれへんけど、と付け足すと、潤さんはしばらく俺の顔を眺めて、それから、笑った。
「やっぱ、あんた変だな。面白いよ。」
それから、こうも言った。
「なんだっけ、こんな恋人が出てくる話、あった気がする。恋人がセックスするときに濡れなくて、それで主人公がそういうのしなくなるやつ。」あれ、最後どうなるんだっけ、と独り言じみて、潤さんが言うのを聴きながら、俺は、潤さんは、零と違って本を読むんやな、と思った。
ふと、部屋の隅に小さな本棚があるのが目に入る。そのまま、棚を目で追うと、ざっくばらんな本の種類が目についた。漫画が何冊かと、「素数ゼミの習性」といかいう、表紙には得体の知れんような赤いでっかな目玉のセミのプリントされた本。SFは、筒井康隆。それから恋愛本。石田衣良とか。あとは、村上春樹やら、村山由佳やら、なんや雑然とした本の趣味や。
「ああ、そうだ。ノルウェイの森だ。」と潤さんは言うけれど、俺の中では、ノルウェイの森はそんな話ではなかったような気がしていた。
「多分そんな風にノルウェイの森を説明するのは、この世で潤さんだけやと思います。」と言うと、潤さんは、そうかなぁと言った。
「じゃあ呂将、お前の言葉だと、ノルウェイの森はどんな話になるんだよ。」
うーん、と、俺はうなった。
「なんでしょうねぇ、主人公が親友の恋人と一緒に親友の死を悼んで、で、悼み過ぎるあまり、同一化してしまうタイプの恋愛話、っていうか。」
喋っていて、不吉なことを思い出した。あれは、最後ヒロインの直子は精神を病んで、自殺してまうんやなかったっけ。
「なんだよ、呂将の説明だって、ど真ん中を捉えてはいないじゃないか。」
「まぁ、この世には、いろんな取り方があるってことでしょうね。」と、適当なところで話題を切り上げて、風呂に向かう。向かいながら、この後の展開を思って、少しだけ胸が浮き立つ気分になる。
宣言通り、相手から求められでもしない限りヘンなことはせぇへん。せぇへんけど…ひょっとしたら、添い寝くらいはさせてもらえるんちゃうかな、という、願いに近い思いがある。俺は万年独りなので、寒い夜に恋人というぬくもりに寄り添えるだけでも幸せだと思ってまう。
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