アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
少しの不安と微かな期待や
-
風呂から上がると、潤さんは寒そうに炬燵に入ってテレビを観ていた。
ちょっと曲がった背中も、がっしりした体格も、少しくたびれたような服を着ているところも、俺好みやった。
隣に座りたいな、と思いながらも、少うし距離を取ったところに座った。
「お風呂、入らせてもらいました。潤さんも入ったらどないですか。」潤さんはこっちを振り向いて少し笑う。俺は今更ながら、浴室を綺麗に使っていたかどうか、まるで乙女の如く気にしてしまうんやった。
「おう、そうさせてもらう。」
潤さんが立ち上がり、風呂場に行ってしまった後、俺は、潤さんが座ってたところにダイブして、その匂いを嗅いだ。
潤さんの、匂いが好きや。潤さんの体は、人格が変わるとき匂いも微妙に変わる。零は、潤さんの匂いと似てるけどレモンのような匂いがする。潤さんは、落ち着いた匂い。…って、変態か、俺は。
潤さんが上がってきて、いざ寝る段になったら、潤さんが布団をひいてくれて、言った。
「うち、布団は一枚しかねぇんだ。呂将、使っていいぞ。」
待って待って、チャンスやないですか。おいしい。と、俺は内心思っていた。
「せやかて、夜は寒いさかい、一緒の布団で寝ましょ、潤さん。」
潤さんの嫌がることはせえへんから、と、多少強引に攻めると、潤さんは困ったように笑いつつ、添い寝することを許してくれた。
シャンプーの匂いのする潤さんを、抱きしめる。
暖かくて、固くて、でもしなやかな潤さんの体は、俺にとって抱き心地がよかった。
いやらしい気持ちはなくて、ただただ、安心感と信頼感で、潤さんの肩や背中を撫でてると、潤さんが、ほっと、安心したみたいなため息をついた。
「昔は俺も、母ちゃんにこうやって抱かれてたのかな。」
「そうかもしれませんね。」
虐待されてた潤さんにとっては、人間の温もりは、求めても得られない、それか、抱かれる代わりに得られる一瞬のものやったんやろう。
そんなことを思うと俺は、悲しくなる。
「呂将、本当に何もしないんだな。」
少し呆れたように、潤さんが言う。
「前みたいに潤さんが後悔して引っ込むと嫌ですから。」と俺は答える。
「後悔しなくて済むようになるまで、待とうと思うんです。」
嘘偽りのない気持ちやった。潤さんを、悲しませへんことが、一番、今の俺には大事や。まぁ、それとは別に、勃ってきたけど。
「ちんぽ立ってんじゃん。」と、潤さんにもばれる。
「…トイレでどうにかしてきます。」俺は潤さんから体を引いて、布団から出た。
「遠慮しなくていいのにな。」と、潤さんは、聞えないほうがいいくらいの声で、独り言みたいに言う。
「さっき思い切り見栄切ってしもうたさかい、行ってきます。」
と俺は、トイレへ向かう。
本当は、痛いくらいに潤さんを抱きたかった。
一回体の繋がり方を知ってしまって、我慢するのは、辛いことだった。
でも、それを我慢することだけが、年上で、経験豊富な潤さんに俺の本気を証明することやないかという気がしていた。
トイレでムスコを落ち着かせながら、俺は必至で、一線をこえたらアカンと自分に言い聞かせていた。
あかん、今はまだ、だめなんや。
潤さんが、駆け引きとかやなくて俺と繋がりたいと思ったら、その時でええ。今はまだ、潤さんが不安になるくらいやったら。
自己犠牲に酔ってるような気もして嫌やったけど、自己本位になってしまったらもっと自分を嫌いになるような気がした。
「呂将、」
潤さんが来てるらしく、トイレの外側時から声がする。
「俺のせいでそうなってるんだろう。」
なら、俺がどうにかするよ、と、潤さんは言う。
俺は言い返した。
「潤さんとそういうことするのは、潤さんが利用されてるって気持ちとか、セックスなしでは俺が離れて行ってまうんやないかっていう不安とか、そういうのが無くなってからでも遅くないと思うんですわ。その方が、潤さんが楽やと思うから。」
「本気でしたいと思ったらでええんですよ。焦って、潤さんに無理させとうない。」
「呂将…」
潤さんの、ほっとしたようなため息が聞こえた。
それを聞いた時、なぜか俺の性欲もすんっと消えた。
俺もほっとした。
トイレから出て、潤さんが寝ている布団へ戻る。
「潤さん、」と話しかけると、潤さんはまだ起きていた。
「呂将、俺、変なのかなぁ。」
セックスが怖い、と、潤さんはぽつりと言った。
「セックスした後、やばい夢を見るんだ。俺は夢の中でまだガキで、オオカミみたいな毛むくじゃらの怪物に、布団の上でのしかかられてる。嫌だ、食べないでくれってお願いするんだけど、足先から食べられて、感覚がなくなって、冷たくなっていくんだ。すごく嫌な感覚なんだ。」
「それはそれは。」
潤さんを、抱きしめて慰めたかった。
でも、それすら潤さんを傷つけててしまうんやないかと思うと、どうしていいかわからんくなった。俺は、潤さんに性的に、惹かれてる。でも、俺のそういう部分が、潤さんを傷つける凶器になりうる。
切ない気分やった。
「最初にそういう夢を見るようになったのは、母ちゃんの彼氏にいたずらされてからだ。お兄ちゃんって呼んで慕ってたけどな、それなりに。でも、今じゃ殺したいくらいに、憎い。」
潤さんが、押し殺した低い声で、「殺したい」と言う。その声色に狂気すら感じて、俺はぞわっとした。
しかし、その話を聞いて合点がいった。
零が言ってた「お兄ちゃん」っていうのは、潤さんにいたずらした相手らしい。
「いつもはいい人だったんだ。でも、あの日は目つきからして、違った。俺は、意識を保てなかったんだと思う。いたずらされてるときは、全部意識を零に押し付けてた。だから、あいつは、零はおかしくなったんだ。俺のせいなんだ。」
潤さんの声は、辛そうやった。
思い出したくないことを無理やり思い出して、俺に聞かせる。きっと、ちゃんと俺と向き合おうとしてくれてるからやと思う。そのことは嬉しいけど、潤さんの胸の内を思いやると、辛かった。
「俺、正直何にも感じないんだ、セックス。しようとすると体が人形になったみたいで、重くて、冷たくなって。…」
気付かなかった。初めてのことで自分の感覚に夢中やったから、なんて。言い訳にならんよなと思う。
「それとも、お兄ちゃんが俺に変なことしたのも、俺のせいなのかな。俺が、誘ってしまったのかな、お兄ちゃんが言う通り、俺は、いやらしい子なのかな、…なぁ、俺が、」
潤さんの呼吸が浅くなっていた。
やばい、と俺は思った。これ、過呼吸やないか?
「大丈夫ですか、潤さん。」
背中をさすって、潤さんは悪くありません、と繰り返し言う。
けど、潤さんの呼吸は目に見えて速く、浅くなってきた。
思わず、口で口を塞いだ。
過呼吸の人は、二酸化炭素を吸わせなあかん。
そう思って、キスの格好で、潤さんの肺に自分の呼気を送り続ける。
送り続けながら、俺は、潤さんにこんなトラウマを与えた「お兄ちゃん」に怒りを覚えてた。
小さい子に、「お前はいやらしい子だ」なんて教え込んで、誰にも助けを求められなくした。そんな酷いことって、あるか?
世の中に、信じられない悪意が存在することを、俺は初めて知った。
そうして、悪意を向けられた相手が、一生その傷を負って生きて行かなあかんことも。
潤さんの息がだんだんと緩やかになっていく。
と同時に、体の匂いが変わった。
人格が入れ替わったのか、と思いながら、体を離した。
「…やっぱり潤じゃ駄目だったのか?」
レモンの匂い。
「せっかく潤がだいじょぶそうだったから俺は引っ込んだのに。打木ちゃん、あいつに無理やり迫ったりでもしたの?」
「ちゃう。」俺は答えた。
「最初は大丈夫そうやったんやけど、…潤さん、トラウマなこと思い出して、過呼吸になってもうたんやわ。」
「打たれ弱いからな、潤は。」
零は、苦笑した。
「まあ、あれでも、家が家だからいじめられてた時は、コウの代わりに潤が出てきたんだけどな。でも、お兄ちゃんのことは俺より好きだったのかな、だからかえって許せないみたい。」
いたずらされたことなんか、犬にかまれたとでも思って忘れたらいいのに、と零は言う。零は零で潤さんと違う歪み方をさせられてて俺は、また悲しくなったり、怒ったりした。
「で、どうする、俺と、寝る?」
零は、そっと体を摺り寄せてきた。でも、俺はそんな気分どころではなくなってしまっていた。
「だから!俺は潤さんがええよって言うまでそういうことせぇへんの!ええ加減にせぇよ、お前。」
途端に、零が涙目になる。あかん、ちょっときつく言いすぎた。
「ご、ごめんって。そんなに怒らないでくれよ。…」
零は精神年齢で言うと高校生くらいやからな。大人に強く言われ慣れてへんのやろう。俺も、感情が色々湧きすぎて、コントロールできてへんみたいや。
「ごめん…」
謝ると、零は言った。
「ぶたれるかと思った。…打木ちゃん、そんなことしないのにな。」
俺はまた悲しくなる。反射的にぶたれるかもと思ってしまう零の背景を思うと、胸が痛んだ。もう今夜は、悲しくなってばっかりや。
「…俺はソファで寝るから、零は布団で寝とき。」
やさしくそう言って、大サービスで頭を撫でてやると、零は素直にこくんと頷いた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
12 / 14