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コーヒー
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電車の中で外を見ていた。ルカの家から出て暫く経ったけれど、まだ頭がボーっとする。
俺が帰り支度をしていたら、ルカが顔を洗って戻ってきて、今度いつ会おうかと訊いてきた。
俺は、毎日できるだけルカの働いている喫茶店に行くよ、と言ったけれど、お互いそれでは足りない気がした。
恥ずかしいことに、ずっと二人きりでいたいぐらいにはちゃんと恋人どうしなのだった。
バカップルには引いてきた俺は、自分がこうなるとは思わなかった。
今だって、色々なことを思い出してはニヤついてしまう。
帰り際に、ルカが俺を抱きしめて額にキスしてくれた。
大切にされていると実感して、思い出すともう、体がポカポカしてくる。
恋をしたら女性は綺麗になるとよく言うけれど、こんな気持ちでいたらそうならないほうがおかしいだろう。
実家に帰ってから、ルカにメッセージを送った。
「昨日はありがとう、ラーメンおいしかった。」
ルカからは、すぐに返信が来た。
「今度は、食べたいもの言ってくれたら準備しとくよ。」
俺は嬉しくなって、珍しくスタンプなんか使って返信する。
ルカからの返信は、クトゥルフ神話の怪物の変顔のスタンプだった。
「なんじゃそりゃ。」
ちょっとくすっと笑いながら返信すると、また変なスタンプが送られてきた。俺も変なスタンプで返す。
そこから、なぜかスタンプ合戦になってしまった。相手をいかに笑わせるかを賭けて、スタンプを送りあう。
俺は、ルカの変なセンスに笑い転げた。たぶん、ルカもおなじように笑っているんだろう。
離れていても相手の状況がわかるのは嬉しいし、一緒に笑っていられるのは素敵なことだと思う。
次の日、大学とバイトの間の時間にルカに会いに行った。
いつもの喫茶店でルカは働いていて、俺と目が会うとちょっと恥ずかしそうに笑う。
でも忙しいようで、話はできなかった。
俺はこの店に来た時最初にルカが薦めてくれたコーヒーを頼んで、小説の構想を練る。
そして、ちょっとスケジュール帳を確認した。
・・・あと一ヶ月と少しで、大学は夏休みが来る。
その間に、俺は小説を仕上げてしまうつもりでいた。
バイトも増やして、学費を稼がないといけないし、夏休み前は試験やら課題やらで忙しい。
ルカとゆっくりできるのはいつぐらいになるんだろう。
こんなにもしっかり予定を立てたいと思うのは、始めてかも知れなかった。
まずは友達と共同戦線を張って、試験の情報収集だな。
・・・ヤマを張ってしまわないと復習がやりきれない科目もあるし。
次に、バイトのシフトを確認しないといけなかった。
・・・いや、その前にルカに予定を聞いて、こっちが合わせればいいか・・・?
小説を書く時間も確保しなければいけなかった。
最近気付いたが、アイデアは考えれば考えるほど良くなるし、
俺は衝動的に書いてしまうタイプなので、推敲しないと誤用や意味が伝わらない表現をしてしまう。
それは、ルカに指摘されて気が付いたことだった。
コーヒーの香りに安らぎながらも、頭は結構忙しく動く。
一通り予定が立って、またルカの方を見る。
ルカは忙しく立ち回っていて、こちらを見ていなかった。
寂しいけれど、コーヒー1杯で長居するのも良くないし、もうすぐバイトの時間なのでその日は立ち去った。
・・・まあ、SNSでやり取りはできるし。・・・
そう思うけれど、やっぱりちょっと寂しい。
家に帰ってから、メッセージを送った。
「忙しかった?」
暫くして、返信が来た。
「うん。でも、顔を見れてよかった。」
「今度空いてる時間に行く。」
とメッセージを打ち込んでから、俺は、迷ったが付け加えた。
「6月と7月はいつが休みなの?」
なんだか束縛が激しい人間みたいでまずい気がしたが、とにかく一緒にいたいのだから仕方がない。
少し間があって、俺はひやひやした。引かれたか?
「7月はまだわからないけど、6月は水曜か火曜が休みだよ。」
と返信が来て、かわいいスタンプが送られてきた。
猫が、「会いたいな」とかわいく喋っているスタンプだ。
女子かお前は、と脳内でツッコミをやりつつ、
「家行っていい?」と返事をする。二人きりになりたいと思った。
またかわいいスタンプが送られてきた。今度は猫が「いいよ」と言っている。
この猫は多分、SNSのキャラクターなのだろう。小首をかしげてまん丸な目でこちらを眺める様子がかわいい。
「来週行っていい?」
と送信すると、火曜ならいいよ、と返事が来た後でやや間があって、
「泊まる?」と聞かれた。
それを問われて、この前の記憶が蘇る。
・・・ああいうの、またするんだろうか。
恥ずかしい。でも、多分恋人同士だからするのが普通なんだろう。
でも、これ以上本気になるとどうなるのか、改めて考えれば怖い気もする。
なんとなく知っている知識から、ルカが俺に何をしたいのか、なんとなく察する。
同性でこういう仲になるのは、もう覚悟ができた。
世間からの風当たりや、両親をどう説得するかとか、戸籍上一緒になれないだとかは、まだどうにかなりそうな気がする。いや、どうにもならなくても何とかする気持ちだ。
でも、ルカに抱かれるというのは・・・見当がつかない。俺がルカを抱くのも想像できない。
「泊まる。」
大分考え込んでから送信した。結局、一緒にいたいという気持ちのほうが勝った。
ルカがしたいのならさせてもいいという気もした。
案外ルカも一緒にいたいだけかも知れないし、俺は気を回しすぎてるのかもしれない。・・・なんだか、これじゃまるでそういうのを期待してるみたいじゃないか。・・・
多分俺は仄かにエッチな展開を期待しているのだと思う。…ルカとするのは気持ちが良かった。
たまに様子が少し怖いけれど、ルカは大体優しいし、温かい体に触れている感覚は心地が良い。
怖いもの見たさみたいな興味も、ちょっとある。
本当は、こんなのは逸脱しまくってて良くないことなのかもしれない。でも、そのいけないことをルカとしているという感覚も、心地よかった。
二人だけの秘密があるという感覚がどうしようもなく心地いい。
「俺を選んで後悔しないか?」
と、電話越しにルカに語り掛ける。
もちろん電話していないから、ルカに聞こえるはずがない。
俺は、ルカを選んで後悔しないのだろうか。
わからなかった。こういう風な関係になる前も散々考えたけれど、わからなかった。
俺は頑なな性格だから、「こうあらねばならない」という価値観を大事にしてしまう。
男同士の恋愛なんか、その価値観に真っ向から歯向かってる行為だ。
でも、流されてしまった。思いも寄らぬくらい、ルカのことを好きになってしまっていた。自制心とか常識は、あの日吹っ飛んでしまっていた。
今もそうだ。常識的でない分のつけを払わなくてはいけないとしても、一緒にいたいし、それなりにえっちなこともしたい。
・・・つけの払い方も知らずに、一歩踏み込んでしまった自分の愚かさが嫌になる。
ルカは、どう思ってるんだろう。ルカの場合はずっとゲイだから、俺みたいに異性と結婚するとかそういう選択肢は考えていないのかもしれない。
ずっと俺を好きでいてくれるんだろうか。他の男に目移りしたりとか、しないでいてくれるだろうか。
俺は、ずっとルカのことを大切にできるのか。目移りさせないような人間でいられるだろうか。
・・・考えても無駄なのかも知れない。多分、無駄だ。冷めたコーヒーを飲むような冷たくて苦い感覚を、俺は振り払う。
こんな時、ルカに会いたいと思った。
ルカがいると、俺は強がることができる。というか、ルカがいると自然と朗らかになれるのだ。あまり後ろ向きにならなくて済む。
物思い中の突然の着信音にびっくりして、俺は起き上がった。
「何食べたい?」というメッセージ。
なんだかほっとした。
ルカは他人に尽くせる人間だ。それを俺は尊敬する。そんなルカと一緒にいると、俺も良い人間になれる気がする。
「何でも良いよ」と言ってしまうと良くない気がして、俺は食べたいものを考えてみた。
・・・マジで何でもいい。ルカの作るものは、何でも美味い。
「から揚げか、パスタかハンバーグ食べたいな~」
と、思いついたものを送信してから、俺は自分に、お子様舌かよとツッコミを入れる。まあ、ルカといると背伸びする必要がないところも、多分一緒にいられる一因ではあるけれど。
ピロンと音がして、スタンプが送られてきた。
今度はうさぎだ。「了解」と、生真面目そうにシュビっと敬礼するうさぎを見ていると、ちょっと元気になった。
・・・多分、大丈夫だ、俺たちは。
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