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目覚め
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ぎしり。と耳元でなった音に、男は目を覚ます。
見えたのは、あの男の泣きそうな顔ではなく、薄暗い部屋の風景だった。
ああ、そうだ、俺は最中に意識を失って……。
今までなら、目覚めた時に感じるのは酷い痛みと倦怠感だった。
だが今は、まだ体のあちこちに、どこか甘い感覚が残っているような感じがする。
体を起こそうとして、男は自分が何かに拘束されていることを知る。
続いて感じる下腹部の違和感に、男はまさかと首だけで振り返る。
そこには、男を抱き枕がわりに、幸せそうな寝顔を浮かべるリンデルがいた。
背中側から抱きつかれている。それは分かる。
だが、この違和感は……。
そこまでで、ハッと男は時計に視線を送る。
時刻は既に、明け方というより朝だった。
この季節は普段より日が出るのがゆっくりだったが、それでももうすぐ日が昇ってしまう。
「おい! リンデル起きろ!!」
男に揺すられると、寝不足にも関わらず、流石に勇者はパッと目覚めた。
「あ、カース、おはよう……」
男は内心感心しつつも「そろそろ日が昇るぞ」と続けた。
「あ、そっか!」
「ぅあっ」
男の声に、飛び起きようとした勇者が、気付いたように自身の下半身を見る。
服も着ないままに寝ていた青年は、あろうことか、まだ男に自身を差し入れたままだった。
寝起きで生理的に立ち上がったそれで、いきなりグリッとナカをえぐられ、男が声を上げたようだ。
「ごっ、ごめん、カース」
謝りながら、リンデルはずるりとそれを抜き取る。
「くっ……」
男がその刺激に息を詰める。
「入れたまま寝るやつがあるか!」
叱られて、慌てて服を着るリンデルが苦笑する。
「何だか……抜くのがもったいなくて……」
「何が勿体無いんだ、何が……」
男はため息を吐きながら、そのまま服を着てしまいそうなリンデルのそれを、手拭いで拭ってやる。
「あ……、ありがと、カース」
リンデルはズボンを履くと、上着に袖を通す。
カースは着替えの早さに内心感心していた。
今までにも、寝起きに出動なんてことがあったんだろうか。
これまで、こいつは一体どれほどの数の魔物を倒したのだろう。
人々の死や仲間との別れを、一体、何度乗り越えたんだろう……。
男は昨夜の青年の言葉を思い出しながら、思う。
あれは、普段から人の生死に関わり続けているこの青年だったからこそ、さらりと言えた言葉なのかも知れない。
「今日は夕方から後夜祭だからさ、一緒にあれ見ようよ!」
ブーツを履きつつ言うリンデルに、男は干していたローブを手に取り振り返る。
「俺と一緒のとこ見られていいのかよ」
「ロッソが、いい場所知ってるんだって。よく見えて、他の人には見つからないとこ」
リンデルが男から受け取ったローブをくるりと身に纏う。
「ふーん……」
カースがあの従者の姿を思い描いている間に、リンデルは扉を開けた。
「じゃ、仕事終わったら迎えに行くからっ」
「おい、大きい声出すなよ」
嗜める男に、リンデルは駆け出しながら、振り返りざまにウインクをひとつ送って手を振った。
「…………は……?」
唖然とする男を置いて、うっすらと白んできた村の中を、勇者は元気に走り去っていった。
……なん……なんなんだ、あいつ。いつの間にあんな……。
バタンと扉を閉めて、カースは扉に鍵をかけると、そのまま扉に背を預ける。
さっきのリンデルの、悪戯っぽいウインクがくっきりと目に焼き付いている。
人懐こそうな、柔らかい笑顔。
それがパチッと片目を閉じただけで、何で、こんなに…………。
男は片手で顔を覆った。
自分の顔が、いや、多分耳までも、赤く染まっていることが分かる。
ただのウインクだ。と思おうとすればするほどに、まるでそれは投げキッスか何かだったかのような気さえしてくる。
そう、まるで、耳元で、愛していると……囁かれたようで。
「……っ」
途端、力が抜けて、男は背を扉に預けたまま、ズルズルとその場に座り込む。
「くそ……っ。リンデルめ…………」
男の、小さな小さな独り言は、誰にも聞かれることなく、雪の朝に溶けた。
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