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「まずは衣服を整えてください」
「っ…あなたは」
どうして私に敬語で話すのだろうか。
悠牙の、あの男たちの、仲間ではないのか。
「彩貴様」
「っ…」
だから、何故…。
ぎゅぅと困惑のまま握り締めてしまった男の上着に、くしゃりと皺が寄った。
「はぁっ。まさか、ご自分でご着衣できないのですか?」
さすがは元王子ですね、と言う男の言葉に、私はハッとして首を振った。
「出来るっ…」
確かに王宮にいた頃は世話係がついていて、身の回りのことをあれこれとしてくれたけど、着替えまでは面倒をかけてなどいなかった。
ならばお早く、と視線で伝える男の前で、私はモソモソと脱がされたものを履き直した。
「あの…助かった」
掛けてくれていた上着を軽く払ってから差し出せば、淡々とした無表情の男が黙ってそれを受け取る。
「みかげ…と言ったか?」
「はい。弥景、と申します。この度、宰相の任につかせていただきました。悠牙様の最側近と自負しております」
「あの男の…」
ツンと冷たいクールな美貌が、淡々とこちらを眺めている。
「ただ今、悠牙様は王宮にて、改装の指揮や新体制の発足、さっそくの政務まで、雑務、執務にお忙しくていらっしゃいます。そのご自分の代わりにと、私に彩貴様に付いておくようにと申しつかりました」
「私に…」
「急いでいるので、手近にいた者に食事の手配を頼んだが、一応私にも向かうようにと」
「……そうか」
ぐっと噛み締めた唇が、ふるりと小さく震えた。
「っ、本当に、あの男が国王なのだな…」
本当にこの国は新しくなり、あの男が仕切り始めた。
「ご不満ですか?」
「いや…」
私にそれを唱える権利はない。
「私は落ちぶれた元王子だ」
「………」
「なのに弥景は…」
「はい」
「弥景は何故、私に敬語を使うのだ?何故、様付けで呼ぶ」
私はもう位のある王子ではないのに。
「それは悠牙様が貴方を隣に置かれると決められたからです」
「それはっ…」
「ゆくゆくは王妃となるお方だと聞き及んでおります」
「っ、そんなものっ…」
ですから、と、目を伏せた弥景が静かに頭を下げた。
「ですから、貴方様も私には敬意を払うべき対象でございます」
「っ…」
以後お見知りおき下さい、と言いながら顔を上げた弥景から、私は反射的に目を逸らしていた。
「憎くはないのか…?」
何故このような者が、と、弥景は私を疎ましくは思わないのか。
「何故生かされ、何故悠牙の側近くに置かれているのだと、不満には思わないのか」
恨めしいだろう。
本来私は元王族として殺されていたはずの罪人なのだ。
「悠牙様の伊達や酔狂には慣れておりますので」
「っな…」
「あの方の気まぐれも突飛な行動も、今に始まったことではございません。私と悠牙様は長い付き合いですので」
今さら少々堕ちた王子を拾って連れ帰り妃にしようと言い出したところで何とも思わないだと?
「私は男だぞ?しかも民たちからはこれでもかというほどに憎まれている元王族だ」
そんな者を王妃になど、頭がどうかしたとしか思えない。
「貴方ももう、少しはお分かりなのでは?」
「っ、っ…」
「悠牙様はお強いお方です」
「っ…」
「懐深く、優しく、正しい」
「っ、知らぬっ…」
「あの方にお間違いはありません」
「聞こえぬっ…」
知らぬ。分からぬ!認めぬ!
だってそれを認めてしまったら、あの惨劇の日を肯定することになってしまう。
父から母から大臣たちから、側仕えのものたちや宮中のみんなの命を奪ったことが、正しいとあの男を許してしまうことになるから…。
そんなものは知らぬと耳を塞ぎ、頭を振る私に弥景の視線は、ただ静かに向けられていた。
「知らぬっ!」
あの男は憎き仇。正しさなんかは認めない。
耳を塞いでいやいやと叫ぶ私をひとしきり眺め、ふぅーっと溜息を吐いた弥景が、落ちたパンを拾い、静かに部屋を出て行った。
そうしてすぐに新しい食事を用意し戻って来た弥景は、それから無言でずっとその場に控えていた。
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