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「っ、彩貴!」
ピタリとざわめきが止んで、降り注ぐ石の雨が止まった。
「もういい…」
「………」
「もういいだろうっ?」
がばりと上から覆い被さるように、全身を包み込んできたのは悠牙の身体か。
「みんなっ!もう、許してくれっ…」
ぎゅぅ、と抱き締めるように身体を包まれ、私はぼんやりと顔を持ち上げた。
「悠牙様っ…」
「悠牙様っ、お退きください」
「そいつは、俺たちの恨み!」
「私たち家族の仇だわっ!」
「悠牙…」
離せ、と身動いだ身体は、ますます強く抱き締めてきた悠牙の腕の中に閉じ込められた。
「もういいっ!」
「ゆうが…」
「もういい…。こいつの両親は、こいつの目の前で俺が殺した」
「っ…」
ゆ、うが…?きさまは急に何を…。
ザワッとざわめいた民たちも、戸惑い始めたのが分かる。
「前国王の首を刎ね、前王妃の心臓を一突きにした。その子であるこいつの目の前で、だ」
「悠牙様?」と戸惑う声が大きくなっていく。
「肉親を喪う痛みを知っているか?」
「悠牙様…」
「みなは知っているはずだ。親を、兄弟を、家族を喪う苦しみを、みなは知っているはずだ」
悠牙…。
「それでも死なねばならないか?」
「っ…」
「こいつはそれでもっ、死ななければならないか!」
ガツンと重い悠牙の怒鳴り声だった。
民たちがざわめき、ふらりと足を引く者がいるのが見える。
「こいつに罪がないとは言わない。知らぬことは罪だろう。何もしなかった、出来なかったということは罪だろう」
「悠牙様…」
「だけどこいつはそれが分かっている!だからこいつは1つも言い訳をしなかった。1つも言い逃れをしようとはしなかった!1つもだ」
「っ…」
「悠牙様…」と戸惑う声は最大になり、同時に収まっていく殺意を感じた。
「17だ」
「悠牙様?」
「前王子の御年は17だ。その、年の者が!1人で一族すべての死を背負っている!一族すべての死の悼みに耐えている!」
「悠牙様…」
「みながその年の頃には何が出来た?何をしていた」
「っ…」
ボロリ、溢れた涙が地面を濡らした。
「こいつは、それでも何かをしようとし、肉親の死の意味を、罪を、受け止め、頭を下げた」
「っ…」
「こいつは1つでもみなを見下したか?少しでもこいつはみなを軽んじたか?」
「悠牙様…」
「あなたたちと呼んだだろう?こいつはみんなを、『あなたたち』と呼んだ。この俺にさえ、仇だきさまだとは言っていたけど、1度も下民だとは見下さなかった」
「悠牙様」
「こいつは根っこのところでちゃんと分かっている。王族も、民もみな、同じ人間だということが分かっている」
「っ…」
「喜びも痛みも苦しみも同じだと分かっている!」
ふらり、と足を引く者の姿が増えたのが分かった。
ふらり、ふらりと遠ざかる、民の足元に崩れるものが出てきたことに気がついた。
「死なねばならないか?」
「悠牙様っ…」
「それでもこいつは死なねばならないか?」
「悠牙様…」
「是と言うのなら、俺を先に殺していけ」
「悠牙様!」
「彩貴を生かしたのは俺の一存だ。彩貴の命が欲しければ、俺を先に斃していけ!」
シーンと静まり返った場に、誰一人身動き出来なかった。
ポタリ、ポタリと零れる涙だけが、悠牙の服に吸い込まれていく。
「彩貴」
「馬鹿が…」
「彩貴…」
「馬鹿、が…」
こんな真似をして、私などを庇い、民たちを煽って…。
「彩貴」
「馬鹿っ…」
「あぁ」
「馬鹿っ」
「うん」
「きさまは大馬鹿だ」
国王だろう?
みんなが慕うリーダーなんだろう?
それが地に膝をついて。
みなの恨み、憎しみの先である私を抱き締めている。
「馬鹿…っ」
そんな国王がどこにいる。
そんな君主がどこにいるというのだ。
ぎゅぅぅっ、と握り締めた悠牙の服に皺が寄った。
ボロボロと零れる熱い涙を、留めることは出来なかった。
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