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「なっ、ん、なのだ…」
なんなのだ、なんなのだ、なんなのだ。
こんなのは知らぬ。
こんなものはどうしていいか分からぬ。
憎まれないのなら。温かく受け入れてもらえたのなら。
それでよかったはずだ。
喜ぶべきことのはずだ。なのに。
「何故、憎まぬのだ…」
「彩貴?」
「私はっ、きさまの母を奪った王室の一員だった」
「彩貴…」
「みなからっ、家族を1人奪い去った王室の1人だった」
「彩貴」
「そなたたち民を虐げ続けた王室の…」
「彩貴!」
ぎゅぅっと唐突に悠牙の腕に奪い返されて、私はむずかりその手の中から逃れようと身動いだ。
「どうして庇う!どうして悠牙の味方をし、悠牙に与するのではなくっ…私の援護に回るのだっ…」
だっておかしいだろう?
私はみなの恨み辛みの的のはずだ。
それがみなの前で暴挙に走り、処罰を受けているのなら、喜ぶべきもので。
間違っても可愛いなど、間違えても可哀想などと、誰が思う……。
「っ…」
「彩貴様」
不意に、こんがらがってしまった感情のままに叫ぶ私に、柔らかで穏やかな呼び声が掛かった。
「彩貴様」
「っ、あ、なた、は…?」
ふわり、と優雅に膝をつき、私をまっすぐ見つめた女性に、私はゆっくりと呼吸を落ち着けた。
「桔華(きっか)…」
「ふふ、憎くないとは言いません」
ふわり。
悠牙に桔華と呼ばれた女性が、綺麗に微笑み口を開いた。
「彼女は…悠牙様の母は、わたしの親友でした」
「っ…」
ならば…。だから…。
哀しげに、憂いを含む、けれど艶やかなその笑顔は、清々として美しかった。
「憎いですよね、当たり前です」
その、大切な人を、私たち前王族は、大臣たちは、奪い取り虐げ、死なせていった。
「だから討ちました」
「っ…」
「あなたは?」
「え…?」
「王子様の家族を奪ったのは、わたしたち民です」
「それは…」
「憎くないのですか?」
ねぇ?と首を傾げる桔華に、私はくしゃりと泣き笑いを浮かべた。
「私には…憎む資格はないのだ。私の両親には、討たれるだけの理由がある」
「では理由(わけ)があれば殺めても良いのですか?」
「っ、それは…」
何が正しくて、何が間違いなのか。
「どんな理由があれ、他者の命を奪う行為は、許されない罪でしょう?けれどわたしたちは、互いにそれをし合いました」
前王室の大臣たちは、己の欲望を理由に、身勝手に民を虐げ幾人もの命を奪い去った。
同じようにこの者たちも、己の欲ーー復讐のために、前王族、大臣たちを、討った。
話し合いではなく、武力で、圧倒的な殺戮で。
分かっている。
分かっているのだ、私も、そしてこの者たちも。
「わたしたちに罪がないとは言えません」
「っ…」
「もちろん、あなた様にも」
「あぁ…」
「だけど、その先の憎しみまでもを、あなた様に向け続けることがなお正しいとは、わたしたちは思いません」
「あなたたちは…」
これが、悠牙が家族と呼ぶ者たち…。
「わたしたちに、もうこれ以上は必要ありません」
仇は討った。そして前王国も滅ぼした。
それ以上は、単なる罪なだけと、この者たちは言う。
「何より、悠牙様がお生かしになられたのですからね」
「っ…」
「悠牙様が、あなた様のお命をお許しになられた。つまりはそういうことで、それ以上のどんな答えがありましょう?」
それがすべてだと、この者たちは言う。
「ねぇ、彩貴様?」
悠牙は間違えない。
正しき道を、ただ真っ直ぐに突き進む。
それを。私がよく知るそのことを、この人たちもよく分かっている。
「だから受け入れると…?悠牙が選び、私がその隣にこの身を置くことを…」
「はい」
自分に罪はないとは言わない。それでも必要と思うことをする。
それが悠牙という男で、それを育て、共に育ったこの者たちもまた、悠牙と同じ目線で物を見る。
「私は…」
これが、悠牙が家族だと心を預ける者たちか。
「私は…」
悠牙が本当に見せたかったのはこちらなのか。
女性を侍らせニヤニヤしている姿ではなく、この者たちの…悠牙の家族が、いかに眩いか。
「悠牙」
するり、と悠牙の腕の中から抜け出して、スッと背筋を伸ばしてみなの前に立つ。
「悠牙。きさまの家族と、母に誓おう」
「彩貴?」
ぐっと顔を上げ、堂々と胸を張り、私は誓う。
「豊かな国にする」
私を赦す、みなへの償いに、私は一生をかけて為していく。
「悠牙を貰い受ける」
みなに視線を一巡させて、強く、強く言い放つ。
「必ず。必ずや、悠牙を幸福に、そしてこの国の民すべてを幸福にする」
だから家族を…みなの大好きな家族である悠牙を、私にくれ。
するりと振り返った私はその場に膝を折り、誓いの証のように恭しく厳かに、悠牙の手を取り、その甲に口付けを落とす。
あなたたちの長男坊を、敬い大切にします。
あなたたちが信じる悠牙を、支え、共に必ず、正しき道を歩んで行きますと。
精一杯の想いを込めて。
静かに跪いた私に、パラパラと、そうしていつしかそれが大きな波となり、割れんばかりの拍手の音が湧き起こった。
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