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3.自覚Ⅰ
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「という訳で、彼が俺と契約した――俺の唯一になってくれた雲嵐です。今後、宮廷に住ませる事になると思うので、よろしくお願いします」
「えっと……。雲嵐です。よろしく……」
雲嵐を連れて彼の住処を発ち、数日かけて明殷に帰ってきた憂炎は、戻るなりすぐに父親――燕帝に呼び出された。
「ああ! 本っ当によく戻って来た! 魄を探しに行くと旅立った時は無事で戻って来てくれるかと気が気じゃなかったが……。本当によかった……。しかもちゃんと目的を達成して帰ってくるとは!」
皇帝の寝所。大仰な細工の付いた天蓋付きの寝台の端に腰掛けた燕帝は、目の前に立つ息子とその契約相手の霊獣を見比べて、涙を流して喜んだ。
その傍らでは、燃えるような赤い髪を背まで伸ばした青年――人の姿を取った皇帝の魄・紅焔が、にやにやと面白そうに笑っている。
気付けば旅立ってから数ヶ月が経過しており、その間全く連絡を寄越さなかった故か、家族には相当心配をかけていたらしい。兄の憂青が病弱であるためか、この皇帝は息子たちにやや過保護な面がある。
「ところで……雲嵐といったかな? 彼は、どんな霊獣なんだ?」
「あー……。そういえば……」
憂炎は頭をぽりぽりと掻き、隣で人の姿を取って身体を強ばらせている雲嵐を横目で見た。
今、燕帝に言われて思い出したが、憂炎は雲嵐が正確にはどんな霊獣なのかを知らないのだ。ただ事前に聞いていた噂通り、白くて美しくて言葉を話すという事を確かめただけで満足し、それ以上の事は知ろうともせず契約してしまった。
精霊はそれぞれ固有の能力を持っており、それによって行える事が変わってくる。ゆえに契約相手の雲嵐の正体が何であるか把握しておくことはそれなりに重要なのである。
「麒麟や鳳凰じゃないってことは分かるが……」
燕帝から期待の籠もった眼差しを受けながら、ちらりちらりと隣の雲嵐を見る。するとその視線に気付いた雲嵐が、こちらに疑いの目をじとりと向けてきた。
「信じられない……」
「その……。すまない、雲嵐」
憂炎の謝罪に、雲嵐は小さくため息をつく。そしてふわりと白い霊獣の姿に戻った。
「おお……」
その美しさに、燕帝と紅焔の口からため息が漏れる。
「へぇ……。白澤じゃねぇか。珍しい」
「白澤?」
紅焔の言葉に、憂炎は燕帝と共に首を傾げた。すぐに人の姿に戻った雲嵐は、さらに眉間に深いしわを刻んで憂炎を睨んでいる。そんな二人の様子を見ながら、面白そうに紅焔は続けた。
「俺たち鳳凰みたいに神獣と呼ばれている霊獣の一つさ。この世の理、万物を知るという霊獣。その知識ゆえ、人に利用されることもあるから、精霊たちの中でも特に人前に姿を見せないらしいぜ。炎、お前運がよかったな」
にやにやと紅焔が笑う。「炎」というのは彼の憂炎に対する呼び名だ。彼は兄の憂青を「青」と、そして燕帝は字である「燕青」と呼ぶ。音だけでは燕帝を呼んでいるのか自分を呼んでいるのか分からないからやめてほしいと、昔から兄と二人で言い続けてはいるのだが、一向に呼び方を変える気配がない。
「ま、仲良くするこった。俺と燕青みたいにな。これから一緒にいるんだからなー」
「紅焔、お前……。まあいい。その通りだろう。雲嵐。憂炎共々、私たちもよろしくお願いするよ」
ひらひらと手を振る紅焔に頭を抱えつつ、燕帝はそう言って微笑む。そして
「後で憂青のところにも行ってあげなさい」と伝えた後、憂炎と雲嵐を下がらせた。
「お前、白澤という霊獣だったんだな……。しかも神獣と呼ばれる程とは……」
皇帝の寝所から出て憂青の部屋へ向かう途中、中庭に面した廊下を通りながら、憂炎はぽつりと呟いた。直後に雲嵐の鋭い視線が身体に突き刺さり、しまったと慌てて口を閉じる。しかし時は既に遅しだ。
「ほんとあり得ない。聞いてこなかったから知ってると思ってたのに」
「その件については悪かったよ。噂通りの姿ってことを確かめただけで満足してた。それにあのときはお前の姿があまりに美しくて……」
「……褒めても無駄」
ふいと顔を逸らす雲嵐。その耳が僅かに赤く染まっていることに気付き、憂炎は彼に気付かれないように小さく笑った。
彼と契約してから知ったことだが、雲嵐は意外と褒め言葉に弱く照れやすい。
男でありながら花のように可憐なその相手が自分の唯一の相手だと考えると、急に庇護欲が増してくるのだ。本来ならば自分が護られる立場というのに、妙な感覚だと憂炎は思った。
「しかし、万物を知る霊獣か……」
この世の理を知る獣。平たく言えば、なんでも知っている獣ということだ。
しかしこれまで一緒に過ごしてきた中で、雲嵐が驚くような知識を披露したり、それを使って何かを解決したりなどはしていない。それに、鴻帝を生き返らせる為にいろんな薬を使ったと言っていたが、なんでも知っているのなら試行錯誤などしないのではないか。
それを雲嵐に尋ねると、彼は不機嫌に不機嫌を重ねた顔をした。
「あのね。なんでも知ってるからと言って、むやみにそれを人に話すわけないでしょ。この世には人間が知るべきでないことはたくさんあるんだから」
「……なら、薬を作っていたのは?」
「あれは……そんな方法なんて存在しなかったからだよ。僕が知ってるのは、あくまでこの世で実現可能とされている事だけだから」
「じゃあお前は、初めから鴻帝を蘇らせることなどできないと分かっていながら、何百年も薬を作っていたのか?」
雲嵐は僅かに俯いて、顔に影を落としながら言葉を続ける。
「……可能性は低くても絶対にできないとは思ってなかった。だって、僕だけが残った理由も、はじめは分からなかったんだから」
「そうか……」
僅かな可能性に何百年もかけるとは、それほどまでに鴻帝は雲嵐にとって大切な存在だったのか。改めて思い知らされて、憂炎の胸がちりりと痛む。
その感覚に、憂炎は「はて」と首を傾げた。雲嵐にとっての唯一が鴻帝なのは知っている。だから今の言葉も雲嵐の想いも当然の筈。なのに思わず叫びたくなるようなこの感情の正体は、一体何なのだろうか。
考えながら歩いている間に、いつの間にか憂青の部屋の前に到着していた。
「ここ? 君のお兄さんの部屋って」
「ああ、そうだ」
中庭の中、他と隔離されて作られた小さな建物。美しい細工が施された屋根と扉は、そこに住む人間が高貴な者である事を示している。
「兄の憂青は肺が弱くてな。少しでも澄んだ空気がある方がいいのではと父が中庭に寝所を建てたんだ」
憂青が扉を二回叩くと、中から「どうぞ」という少し高めの声がした。
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