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4.唯一Ⅶ
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「ん……。ゆうえん……?」
「雲嵐!? 気が付いたのか!?」
憂炎は寝台の横に屈み込み、雲嵐と目線を合わせる。そして、ひどく冷たい彼の掌をそっと握った。雲嵐は憂炎の存在に安心したのか、弱々しい笑みをこちらに向ける。
「憂炎だ……。ふふ。最期に会えて、嬉しい……」
「しゃべるな……! 傷に障る! お前は、助かるはずだ……!」
雲嵐に、そして自分に言い聞かせるように、憂炎は叫んだ。目頭がぶわりと熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。
「お前、何か薬はないのか!? あの瑤草から作った薬の残りとか……!」
「ないよ……。あれは憂青の治療で使っちゃってなくなった。今この状態の僕に使って効果のある薬なんて、持ってきてないよ……」
首を振る雲嵐に、憂炎の心は絶望の色で埋め尽くされる。つまり、彼を助ける事はできないという事だ。
「くそっ……! 雲嵐が、俺の本当の魄なら……!」
頬を熱い涙が滑り落ち、寝台の敷物の上にぱたりぱたりと落ちていく。
目の前で好きな相手が死に近づこうとしているのに、何もできない自分はあまりにも無力だった。
そんな憂炎を、雲嵐は慈愛の籠もった瞳で見つめていた。そして不意に顔を天井に向け、そっと目を閉じる。
「憂炎……。あのね。僕、君に伝えたいことがあるんだ……」
雲嵐の言葉に、憂炎ははっと顔を上げる。瞳を閉じた彼の横顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
その唇により紡がれたのは、憂炎が手に入らないと思っていた言葉。
「僕はね、憂炎が好きだったんだ……」
「……! お前、鴻帝を思っているんじゃなかったのか!? 紅焔が、お前は俺を見ながら鴻帝の事を思い浮かべていると言っていたし……!」
「あのね。僕が君を見ながら鴻の事を思い浮かべてたのは……、君が鴻と同じ魂を持つ、鴻の生まれ変わりだからだよ……。そして、僕はきっと君と出会う為に……、消滅せずに残っていたんだ……」
「……! それはどういう……!!」
憂炎の問いは聞こえていないかのように、雲嵐はうわごとのように言葉を続ける。
「ほんとは、分かってたんだ。君に魄がいなかった理由も、僕は君の本物の魄になる事ができるってことも……。だけど、君はそれを望んでないのかもしれないし、強要はしないよ……」
「……! ちがうんだ。さっきのは、鴻帝の魄だったお前に自分の思いを強要させたくなくて……!」
堅く、雲嵐の手を握りしめる。大粒の涙が、次々と寝台の上に落ちていく。そんな憂炎を見る雲嵐の瞳には、もう僅かな光しか残っていない。
「ねえ、憂炎……。ほんの短い間だったけど、君と出会えて、一緒に過ごせて幸せだった……。鴻はきっと大勢の中の一人としてしか僕を見てはくれなかったけど、君は違った……。君は僕を唯一にしてくれた。君だけが僕一人を見てくれた。僕、すごく嬉しかった……。たくさん悪態ついてごめんね。僕はそんな風にしか接することができなかったから……」
「雲嵐……! 俺も、お前と会えて幸せだったんだ……! だから逝くな、逝くんじゃない……!」
急速に冷たくなる掌。今にも消えてしまいそうな白く透き通った肌。そして徐々に小さく、囁くようになっていく声。消滅寸前の精霊が死に際の人間と同じという事は、こんな形で知りたくなかった。
雲嵐は「もうお別れかぁ」と呟きながら悲しげな顔をする。
「僕は、本当に幸せだったんだ。……だけど、ああ。……やっぱり、僕は君の魄になりたかった。これからも、君とずっと一緒に過ごしたかった……。君と笑って、馬鹿みたいに言い合いして……」
そして雲嵐は、憂炎に向かって微笑んだ。
そこにあるのは、紛れもない憂炎への愛情。
「そして……今度こそ、君と一緒に死にたかった……」
そう言い残し、雲嵐はそっと瞳を閉じた。
「雲嵐……? 雲嵐!!」
呼びかけても返事はない。握った掌は硬く冷たく、呼吸の音も聞こえなかった。薬指の指輪には、既に彼との絆は感じない。
それらが意味する事象。
即ち、死だ。
「ああああああ!! 雲嵐! どうして……!!」
憂炎は寝台に顔を埋め、悲痛な叫び声を上げる。悲しみと憎しみと後悔の波が押し寄せて、それらは涙となって溢れ出た。
自分が勘違いしていただけだったのだ。雲嵐が思っていたのは、鴻帝ではなく自分だった。しかも、自分が最も望む形で好いていてくれた。
「俺は、どうして……!」
自分が何一つ自覚していなければ。もしくは雲嵐の気持ちまですべて分かっていたならば契約を解消しようなどとは言い出さなかった。中途半端に自分の思いだけを自覚して、自分本位に行動して、その結果がこれなのだ。
「すまない……。雲嵐……」
後悔など、意味がない。そんな事をしても時が戻ることはない。それでも憂炎の口からは、何度も謝罪の言葉が溢れ出る。そしてその安らかに眠るような顔に目を移し、おもむろに自分の頬を寄せた。
「雲嵐。俺も、お前を……」
唇が、触れる。まだ柔らかく、しかし冷たい雲嵐の唇は、甘く血の味がした。
戦闘で切れた憂炎の唇からも、血液が一筋零れ落ち、雲嵐のそれと混ざり合う。
その時だった。
ふわり、と温かな風が二人の身体を包み込む。そして雲嵐の身体が白い光が溢れだした。
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