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明日は晴れると聞いたけど
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あり得ないだろ。こんなこと。
だって…おかしいってこんなの。
俺に覆いかぶさったままの奴が、荒い息を吐く。
その度に凍ったような白い息が出て来ては、すぐに消える。後ろからバラバラと雪崩のように激しい音で降り続く雨は、吐息の熱さに拍車をかけた。
そう、こんなことってないだろ。なんで俺は今、公園の休憩所で同級生の男に迫られてんだ…ってそんな言い方気色悪りぃな。てかそもそもこれってなんなんだ。俺は一体何されてんだよ。
…つーか、なんでこんなことになったんだっけ。
俺とこいつは中学からの付き合いで、クラスは一年の時から違うけど同じサッカー部で、今日は雨が降って練習が中止になったから、断る理由もないし、一緒に帰ってて…
んで、それから——
「…やっぱ、キモイよな」
「……えッ、あ、いや」
その言葉に俺はどう返せばいいのか分からずに、狼狽する。
さっき、こいつが俺に言った言葉が噓じゃなかったとすれば、俺は今世紀最大の選択を迫られているような気がした。
いや、待てよ。今世紀最大ってそりゃあ言い過ぎだろ。そんなんじゃまるで、俺の答えがこいつの人生を大きく揺るがすような言い分じゃんか。
いや…あながち間違ってないのかもしれない。
目の前の奴の顔を、俺は直視できなかった。どんな顔をしているか、ちょっとでも見てしまえば、俺の出そうとしている答えに、迷いが出ると思ったから。
俺は、まだ空気が読める方だと自認している。クラスでもムードメーカーってワケじゃないけど、それなりに目立つ存在でこの前の体育祭だって、静かな奴が多いクラスを俺が盛り上げてやった。
こいつも一緒だ。俺と同じで、クラスでの立ち位置を理解してて同類だと思ったから中学の頃からつるんでいる。
一緒にいて苦じゃない。
それどころか、学校の中ならこいつが一番俺のことを理解してくれているとさえ思っている。
考えることも似てる、趣味だってゲームとマンガで同じ。サッカーなんて、モテそうだからっていう不純な動機で始めたもんだし、だから今日だって他の部員が居残るなか、一緒に抜け出してきたんだ。
こんなことになるつもりじゃなく、分かれ道ではいつもみたいに手を上げて「また明日」って帰るつもりで…
「…いや、あのさ~…それって、俺のこと恋愛対象として見てるってこと…?普通に女とするみたいに、キスとか、さ…したいって…」
いっやぁキッツ…なに言っちゃってんだろ俺。
一応確認っていうか、ほんとにそうだとしたら、あれなんだけど…
ヤバい。自分から聞いといてめちゃくちゃいたたまれない気持ちになってきた。…誤魔化すか。いけるか、これ。
こっから元の感じに戻れるか…?いや、戻らねぇとダメだろこれ。
「…ごめんウソ!今のマジ…忘れて!てかさぁ昨日のテレビ見た?お笑いのやつ。俺笑いすぎて姉貴にクソ怒鳴られちゃって—」
「…そうだよ」
「……は」
「…俺は、おまえと、そういうことしたいって、思ってる」
おいタケシ~今日帰ったら通信対戦しよーぜ!よっしゃ~今日こそはレベルマッチまで上げてやる!
公園の外で、傘を武器にして雨に打たれながら走ってゆく塾帰りとおぼしき小学生二人の声が、俺の耳に入って、そのまますり抜けた。
誰か、俺を人間失格だって殴ってくれよ。もうこの際人じゃなくてもいい。おい、ネコ、なんでこっち見てんだよ。なんでちょっと、距離空けて見物するみたいに佇んでんだよ。お前でいいや。ちょっとこっち来て、この空間を、この空気を和ますような、一声あげてくんない?それで、頼むから俺を殴ってほしい。
ネコの世界にも、こういうのあんのかな。
これって、あれだろ。ボーイズラブとかなんとかってやつ…。
…やっぱそうだよな。好きって言ったもん。好きって。ハハハ…
こいつ、俺のこと、そういう目で見てたのか。
じゃあ、その…ゲイ?って、ことになるのかな。
…なぁ、じゃあやっぱ殴ってくれ。
俺、普通にキモイって思っちまった。
これってだめじゃね。最低じゃん、俺。こんなことって、現実にあるんだ。
しかも、中学からの友達って…。
俺の家で泊まりだってしたし、海も行って、可愛い女の子ナンパしよーぜって意気込んで結局俺らには早かったなって笑いながらかき氷食ってさ。あれぇ…マジか。
途端に襲ってきた吐き気に、俺はどうすればいいのか分からず、顔を伏せる。
ますます、あいつの顔が見えなくなった。
いや、もう見れねぇよ。
「…いきなりこんなこと言って、悪い」
いや、なんで。謝んなよ、お前が。
「でもどうしても、伝えたかった。今、なんか…」
「お前が来週凛音ちゃんと遊びに行くって聞いて、俺」
「…ほんとに、ごめん」
そうだ。
俺たちはここで、雨宿りつってさっきまで普通に会話をしてた。
他愛のない、気にも留めることのないような。
同じクラスの凛音ちゃんは前から気になってた子で、他の友人を介して話すようになったんだ。
それで、まだ付き合ってる訳じゃないけど、来週映画に行くことになって。二人っきりだし、これ実質デートだろ!俺告っちゃうかも~などとヘラヘラしていた俺を、こいつは当たり障りない顔で見てた。
見てた、よな…?
こういう展開って普通、どうなるもんなんだろ。
マンガとかドラマの中なら普通にこのままOKして、付き合ったり、この場は一旦逃げ切って、ギクシャクしつつも結局気になって結ばれる、とかかな。
でも、ごめん。やっぱ俺にはわかんない。
現実に、こういうのが好きな女の人がいることだって、こういう性的指向の人がいることだって、知ってる。
中学の頃、保健の授業で「もし友達がLGBTsだったら」っていう教育ビデオを見た。その時は男間じゃなくて女間だったけど、信頼できる友達にすら自分のことを打ち明けられなくて葛藤するってやつだった気がする。
でもそこには、「もし友達がゲイで、自分のことが好き」な場合のケースなんて、一回も紹介されなかった。
だって、あんま見ないもんな。もしそういう人たちが街でイチャイチャしながら歩いてたら、俺ら絶対見るじゃん。性格悪い奴ならその人たちに聞こえるように悪口だって言う。
俺たちみたいなのがいるせいで、普通に街だって歩けない。
それを、そんな自分を、こいつは、俺に晒した。
俺に気持ちを託した。
ズルいだろ、そんなの。
俺のことよく知ってるだろ。こう見えても結構、差別主義っていうか。心の中で悪口言ってるようなタイプの奴だぜ?
お前は、それをわかったうえで、俺に言ったのか———
「……ぁ」
渇き切った喉からやっと絞り出した声は、声と呼ぶには不釣り合いで自分が出してる声なのかって疑いたくなる程に不格好だった。
それでも、俺は言わなければいけない。
こいつに、ちゃんと向き合わなきゃ、駄目だ。
「成実…?」
「…お、お前、マジかよ」
「……」
今年の冬は例年より寒くなりますねぇ—
こういうのって毎年言ってね?例年っていつよ。
はぁ~あんたバカじゃん。おかーさん、こいつ「レイネン」がわかんないらしいよ~
はぁ?じゃあお前わかんのかよ
ちょっと成実!お姉ちゃんに向かって「お前」ってなに!?
…ゴメンナサイ
…今年はスノボ行けるかなーあいつにも予定聞いとかねーと。
「——キッモ。ありえねーってお前。もう学校で話しかけてくんなよ。終わりだろ、こんなん」
雨は先ほどまでの勢いを殺すことなく情景を保っている。
ネコは俺たちの見物に飽きたのかもういなくなっていて、立て掛けていた傘がバサッと音を立てて地面に落ちた。
「……うん、ごめんな」
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