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映画、面白かったね
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「あっ成実くーん!ごめん、待った?」
かわいい。
うん、やっぱこれだよな。これこれ。俺がずっと求めてたもんってのはこういうことなんだよ。
俺の名前を控えめに呼びながら、タッタと軽い足取りで駆けて来る凛音ちゃんを瞳に捉えた俺は、応えるように軽く右手を上げる。
今日は待ちに待った彼女との初デート。
デートなんておこがましいって?いやもうそんなこと言ってられねーよ。男の目の前に気になってる女子がいるんだぜ?そりゃもうデートって言いたくもなるでしょ。
「…に、似合ってんね、その服」
「え、ほんと?嬉しいな…」
(———うっ)
俺の言葉に照れながら綺麗な髪を揺らす彼女に、尊さのあまり胸を押さえる。
はぁ~こんなこと、俺には一生縁なんかないと思ってたけど、行動してみるもんだな。やっぱ頭のなかで妄想してるより、こう現実になった方が百倍嬉しいし、充実感がある。
ありがとよ!沢木!梶浦!この恩、一生忘れないぜ。
仲を取り持ってくれた友人二人に心の中で感謝しながら敬礼をする。
どこまでいけるかわかんねーけど、とりあえず告白まではいけるかな…んで晴れて付き合っちゃたり。なんちゃって。
と、俺が感激していると凛音ちゃんがおもむろにスマホを取り出し、俺に見えるようにマップを開く。
つい近くなったその距離と、髪からほのかに香るシャンプーの匂いに、またも胸がドクドクと音を立てた。
「映画館は…あ、ここか」
「み、観たいの決まった?」
「あ、うん!えーっとね…」
これがいいかな、と彼女が開いたのは最近放映されたアクションものの映画で、俺は思わず「えっ」と声を出してしまう。
まさか女の子がこんなの観るなんて思ってなかったから。ていうか、これってムキムキのオッサンたちがひたすら台風の目をやりまくる『オジサン・ランナウェイ 真』じゃん!
いや、正直俺はこれがいちばん気になってたんだよな…
映画を観に行くことは決まってたけど、何を観るのかまでは決めれてなくて、結局当日決めようってことになってたから、俺は女子ならこれが好きそうだなって映画に目星をつけてた。
まぁ安定の恋愛もの。あと無難に刑事ものとか、最近流行ってるアニメ映画とか。
けどまさか凛音ちゃんがこれを選んでくるとは…。めっちゃ意外。けどなんか嬉しい。
俺と凛音ちゃん、もしかしたら気が合うのかも。
「他のがいいかな…?」
「いや!そうじゃなくて…俺もちょうどこれがみたかったから、スゲー偶然だなって思ってさ!」
俺の顔を不安そうに覗きこむ彼女に、ブンブンと顔を左右に振りかざして否定する。
こんなの初めてかもしんない。女子と意見がかぶるのって、なかなかないじゃん?家族で映画なんて観に行ったあかつきには俺と父さんVS姉貴と母さんって構図になって、結局別々の映画を観るもんな。でもその後の感想の言い合いが面白かったりするんだよ。
あの俳優がかっこよかったーとか、あのシーンはいらなかったとか女の方がくどい気もするけど。
俺は映画館で観るよりも、家でダラダラしながら事前情報ありで見るのが好きなんだよな~。
ま、そりゃ初デートで家に行くってのはハードル高すぎるからさすがにないけどさ。
「よかった…じゃあ行こっか!」
「おう!」
「…でも、私ほんとは家でみる方が好きなんだよね」
———えっ
「今度は、どっちかの家でみない?『オジサン・ランナウェイ エピソードZERO』」
父さん、母さん、姉貴———
俺、マジで、最高の女に出会っちまったよ。
.
映画を観て、カフェでお茶して、駅前のデパートに入って、何を買うでもなく本屋の店頭を眺めた。
これが、俺の理想だった。
彼女と別れて、帰り道。ひとりでコンビニに入って、ジュースを一本だけ買って帰路につく。
もうすっかり暗くなってしまった脇道を歩きながら、俺ははたと立ち止まる。
「(…あれ、なんか…ちがくね)」
心の端では思ってた。今日は多分告白なんて出来ないだろうなって。俺、ビビりだから。できれば向こうから言って来てほしいっていう卑怯な奴だし。だから、初めからわかってたってのはあるけど。
そうじゃなくて、なんだろ。その…デート、すごい楽しくて、映画も思ってた通り面白かったし、凛音ちゃんだって楽しんでくれてたと思う。
初めて女子と二人きりで出かけて、どれが正解なのかって悩むことも多かったけど、それもなんか青春してるーって感じで良くてさ。
けど、なんか映画館に着いた時ぐらいからずっと胸の奥がモヤモヤしてて、待ち望んでたことなのに「俺、これでいいのか」って思ってた。
いや、これでいいのかってなんだよ。別にいいじゃんね。好きな女の子とデートして、手もちょっと繋いだんだぜ?
それの何に不満があって、何がよくないんだよ。
あ。言っとくけど、違うから。
この前あいつに変なこと言われて、それで俺も変な感情に目覚め始めてる、とかじゃないから。勝手に期待すんなよ。俺は普通に女子が好きだ。今日だって、告白も無理だろうなって思ってたくせにもしかしたらヤれるかも、とかバカみたいなこと考えてたんだから。こんなこと知られたら、凛音ちゃんに呆れられて振られるかな。でもさ、正直言うとそれが本音なんだよな。
結局、向かうところはベッドインじゃん。そういうことしたいから、優しくすんじゃねーの。
てか、女だってそれを薄々わかったうえで、男とデートしたり付き合ったりするわけじゃん。
でも、そのために金も時間も無駄にすんのってアホくさいよな。
手早く済ませたいから、そういう店を使う人もいる世の中だし。
女々しいかもしんないけどさ、俺そういうことが最終地点にある恋愛ってなんかヤダなって。
愛がどうのこうのとか、言いたいわけじゃないけど。
なんか、さ…
「…ほんとは、違う映画がみたかったんだろな」
彼女の、俺の感想に一生懸命合わせようとしていた表情を思い出す。
その時は健気でかわいいな、いい子だなって思ってたけど、俺は正直に違う映画が観たかったって言ってほしかった。
あのシーン、あんまり良くなかったね。って言ってほしかった。
もう多分、凛音ちゃんと遊ぶことはないと思う。
ブーブーと、バックが小刻みに震え出す。
それが何回も続くので、多分クラスのグループチャットが動き出したんだろうと無視して歩き続けた。
夜は、みんな寂しいんだ。
夜はなにも見えなくて、怖いから。
ちょっとそこのお嬢さん、僕といっしょにいてくれませんか。
ただ、一夜。この夜だけでも…朴念仁なこの僕の手を引いてください。
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