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事務所をクビになりました!
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──ある年の4月1日。
ピンッポーンと安っぽいインターフォンの音がアパートの部屋に鳴る。
「ん」
やって来た配達員から薄い封筒を2通受け取って、片方をまだ布団から出てきていない未来に渡した。
封筒の裏側には「声優事務所<葵プロダクション>」の文字。
「開ける前から結果分かってるから、ドキドキもしないね」
俺たちは、ハサミも使わずに雑に封筒を開ける。
中に白い紙が1枚。
【残念ながら、今年度の更新は見送ることとなり……】
「ま、当然だわな……」
ため息交じりに、寝転がった未来の横に座る。
「仕方ないよね。僕たち事務所にほとんど顔出してなかったし」
「や、でもお前はワンチャンあったろ」
「どうして? この1年なんて全く声の仕事してないのに」
「才能あるんだし。入所したときは、天才が入ってくる! って役員連中色めき立ってたって聞いたぞ」
「不真面目な天才なんていらないんだよ、あの事務所は」
ゴロリと仰向けになった未来のふわふわで色素の薄い髪に、窓から射し込む光が絡んだ。
白くて細い指で紙をくしゃくしゃに丸めて畳に放ると、未来は俺の髪に手を伸ばしてくる。
「ねぇ、蓮ってアメリカのクオーターなんだよね。どうして僕より髪黒いの?」
「じいちゃん、ブルネットだったんだよ。アメリカ人が誰でも金髪なわけじゃない」
「ふぅん……。でも、僕は蓮の髪好きだよ。ストレートでサラサラ」
もてあそばれる髪がくすぐったい。それに耐えながら俺は聞いた。
「それより、どうすんだよ。俺ら、事務所クビになったんだぞ」
「どうもしないよ。仕事もらってたわけじゃないんだから」
確かに、生活に困るわけじゃない。でも……
(俺はともかく、こいつはダメだろ)
声優の養成所で出会った未来は、本当にすごくて。俺はその才能に惚れ込んで付き合い始めたって言っても嘘じゃない。こういう奴に売れてほしい、隣にいながらずっとそう思ってた。なのに、クビになるなんて。
「そんなことよりさ、これ受け取るためにバイト休みにしたんでしょ? ……しよーよ」
髪に伸ばされていた腕が、首に巻き付いてくる。
(今更後悔しても遅い、か……)
俺は抗うこともせず、未来に身体を寄せた。
「……自分で、もったいないとか思わねーの?」
「別に。僕は蓮と一緒にいられるなら、それでいい」
ちゅ、と短く唇が重なる。
間近で見る恋人の甘い笑み。
「声優の仕事がないなら、もっと自由に2人で過ごせるね」
もう一度未来は唇をはむ、と食んだ。
「好きだよ、蓮」
未来が俺の頬を手で包み込んで、何度も唇を合わせてくる。安いアパートの部屋の中に、短いキスの音が響いた。
俺も次第に思考を溶かされて、キスに応じる。舌を絡ませながら、未来の柔らかな髪を撫でて、短い襟足から覗く首筋を指でなぞって。
でも、キスで熱くなった身体を重ね合わせる最中も、頭のどこかで考えていた。
(これで良かったのか……?)
俺がクビになったのは、俺のせいだけど……
「蓮……、もっと──。ん……蓮、れん……っ」
未来がクビになったのは……たぶん、俺が甘やかしすぎたせいなんだ。
薄い壁を声が抜けないように気を使いながら行為を終えてすぐ、未来はくったりと眠りこけてしまった。
(結局、俺たちってこうなっちゃうんだよな)
2人でいると、楽しくて。
愛し合うことも、やめられなくて。
他の大事なことなんて、考えられなくなる。
隣で眠る未来の額に汗で張り付いている淡い色の前髪を指先で避けて、俺は布団から起き上がった。
台所へ行って冷蔵庫を開けるものの、飲み物はひとつも入っていない。
「買いに行くか……」
オーバーサイズのパーカーに太めのデニムを引っ掛けて、夕陽が照らす通りへ出た。
最寄りのコンビニまでは、徒歩5分。
決して裕福な生活をしているわけじゃないから、コンビニでの買物がいいと思ってないけど、今から駅前にある徒歩15分のスーパーまで行く気力なんてない。
歩きながら、考える。
(俺は俺で、アイドル売りしたがる都築マネージャーとやたら喧嘩ばっかしてたし……)
事務所に入ったばかりの頃は、始めが肝心だなんて思っていて、やりたくない仕事は徹底的に断っていた。次第に事務所と対立するようになり、アイドル路線以外の仕事のオファーもどんどん減っていくなんて想像もしてなかった。
未来は、やたら体育会系のノリの事務所についていけず、入って2ヶ月で辛いと言い出した。別にいいよ、未来は天才なんだから仕事なんて事務所通わなくてももらえるだろ、なんて励ましたのは俺。
事務所通いをやめて余った時間で俺たちがしていたのは、バイトとセックスだけだ。
(今なら、色々分かるのになぁ……)
未来を真面目に事務所へ通わせて、俺もそれなりに事務所からもらえる仕事をする。
そうすれば、今頃は未来だけでも声の仕事で食えてたかも。
(なんで未来に、事務所通わなくてもいいなんて言っちまったんだろ)
あいつは、売れるべきなのに。あの本物の芝居は、俺だけが知ってるべきものじゃない。みんなが見て、感動して、称賛されるべきものなんだ。
今更だけど、後悔だけが心に重くのしかかっていた。
事務所に入った年──2年前に、時間が戻ったとしたら。
今度はきっと、上手くやれるのに。
(そんなこと、起こるわけねーよな。アニメじゃあるまいし)
到着したコンビニで、ミネラルウォーターとミルクティーを買おうとレジへ行く。そこでは、自分のポケットを必死に探っている小学生くらいの子どもを、バイト風の女の子が心配そうに見つめていた。
「あれ? あれ……?」
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